第264話 陽の国・神薙の巫女

文字数 2,064文字

 神薙(かんなぎ)巫女(みこ)と、最高司祭は陽の都に馬車で戻った。
馬車の中で、最高司祭と神薙の巫女は姫御子へ戻るための祭儀について話し合っていたのである。

 神殿に到着すると二人は、最高司祭の執務室に向かった。
養父である最高司祭は執務室に入ると、応接セットで神薙の巫女と向かいあう。
馬車での旅から解放された安堵からであろうか、二人は互いの顔を見あわせて思わず微笑んだのである。

 しばらくすると扉をノックする者があった。
養父が入室の許可をすると、側仕えの神官がお茶を運んでくる。
お茶がテーブルにセットされると、養父はその者に問いかけた。

 「儂がいない間に、変わったことはないか?」
 「ええ、ありませ・・、あ!」
 「ん? どうした?」
 「最高司祭様に会いたいという者がおりました。」

 「だれだ?」
 「以前、最高司祭様からの招待状を持参した者で、神一郎と名乗った方です。」
 「神一郎だと!」
 「はい・・・。」

 最高司祭の驚いた声に、側仕えは一瞬狼狽(うろた)えた。
普段驚いた所など見たことが無い最高司祭が、驚いた顔で大声を上げたからだ。

 神薙の巫女は神一郎という言葉と、最高司祭である養父の驚きの様子に眉を(しか)める。
そして養父に問う。

 「養父様、神一郎様というと、もしや?」

 その言葉に最高司祭は目を(すが)めた。
神薙の巫女はそれを見て押し黙る。

 「あ、あの・・、何か不味いことでも?」

 側仕えの問いかけに、最高司祭は顔を柔和にし答えた。

 「ああ、いや、そうではないのだ。
神一郎という者にお願いをした事があってその件できたのであろう。
あまりに早く来たので、驚いただけだ。」

 「そうで御座いますか・・・。」
 「で、神一郎は何か言っていたか?」
 「最高司祭様が留守である事を話しましたところ、何時戻るのかと聞いてきまして・・。」

 「そうか・・、で、用件については何か言わなんだか?」
 「いえ、特には・・、ただ、帰ってきたら連絡が欲しいとだけ。」
 「そうか・・、それには何と答えたのだ?」
 「最高司祭様の許可が下りれば、追って連絡すると。」
 「うむ、それで良い。」
 
 「で、いかが致しましょうか?」
 「連絡を何処にすればよいと言っておったのだ?」
 「それが・・。」
 「?」
 「いかがした?」

 「あの、失礼ですがあの者はどのようなお方なのですか?」
 「どのような、とは?」
 「身なりは以前と違い、行商人姿だったもので・・。」
 「?」

 「それと、なんと言いますか・・。」
 「構わん、ハッキリ言え。」

 「はぁ、泊まっている宿が欅屋(けやきや)なのです。
とてもあの者が、あの宿に泊まる身分とは思えませぬ。」
 「なるほどな・・。」

 「あの・・、どのようなお方なのですか?」
 「それを聞きてどうする?」
 「え?」

 最高司祭は柔和な顔で側仕えを見る。
だが、その目に感情らしきものは見えなかった。

 「し!! 失礼しました。」

 そういうと側仕えは真っ青になり、最高司祭に頭を下げた。

 「この件については忘れろ。分かって居ろうが他言無用だ。」
 「は、はい!」
 「下がってよい。」
 「はい!」

 側仕えは慌てて下がっていった。

 「養父様?」
 「彼奴(あやつ)はな、まだここに来て間もない者だ。」
 「はぁ・・。」

 神薙の巫女は養父が言わんとしている事がわからず曖昧な返事をした。
その様子を見て、養父は苦笑いをする。
そして仕方が無いな、という感じで話し始めた。

 「お前を拉致しようとして賊を吟味して沙汰を下したのは話したであろう?」
 「はい。」

 「沙汰はな、お前を()めた小泉神官と、あの吟味役と関係していた者の一掃だ。
それには教会で奴らに助成をした者どもも含まれる。
教会関係者の中にはな、儂の側近として権力者から押しつけられた者もおる。」
 「・・・。」

 「つまりだ、一掃したならばその分の者を補充しなければならぬのだよ。」
 「その一人が先程の側仕えの者なのですね?」

 「うむ、そういう事だ。
まぁ新たに儂の目に叶う者を入れたので、儂はたいそう動きやすくなった。
だが反面、まだ儂の仕事になれておらぬ者が多いのが困りものだ。」

 「なるほど・・・。」

 「儂の側近となったなら、儂に対し詮索をしてはならぬ。
何故かわかるか?」

 「情報部の関係に口出し無用、口外してはならない、ですか?」
 「そうだ。」
 「先程の者は、それを聞いてはいたが理解はしていなかったのですね。」
 「そうだ。だからお前も儂の側近と話すときはそれを暫くは考慮するのだぞ。」
 「はい。」

 「うむ。さて、ここからが肝心な事だ。
神一郎という者は情報部におらぬ。
また、その名前を情報部の者は名乗ってはならぬ。」

 「え?」

 意外な事を聞き、神薙の巫女は養父を見る。

 「あの・・、養父様、情報部の者は偽名をいくつも使います。
確かに珍しい名前ではありますが・・。
情報部の者が、あの方と同じ名前を名乗っても不思議はないのでは?」

 「だから使わせないのだ。」
 「?」
 「よいか神薙の巫女よ、お前が情報部を任されたとき、それだけは肝に銘じよ。」
 「・・・。」

 「よいな?」
 「・・・はい。」
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