第230話 裕紀・養父に会う その3
文字数 2,268文字
「あ、いや、警戒なさりますな。
私は
その腕前も。
昔、私達夫婦は神一郎様に夜道で襲われた時に助けていただいたのです。
その関係もあり、神一郎様の事は知っているのです。」
亀三が何か言おうとした時、それよりも早く
「え?! 養父様に助けられた?」
「はい。」
「養父様は強いのですか?」
「え? ご存じないのですか?」
「え? あ、はい。」
「え?・・・。」
亀三はこのやりとりを聞いて苦笑した。
そして裕紀に亀三は意見をした。
「裕紀様、それについては直接、
「え? そう? そうかな・・?。」
「はい。そうすべきです。」
「でも・」
「裕紀様。」
「・・、わ、分かった。」
裕紀は亀三の強い視線に折れた。
養父については一旦、置くことにしたのだ。
裕紀は猪座の方を向いた。
「あの、猪座様も
「まぁ、そうですね、どちらかというと
私の事は後ほどお話ししますよ。」
「わかりました。」
裕紀はそう言うと、それ以上は口をつぐんだ。
だが、養父の事が気がかりなのだろう・・。
落ち着かない様子だ。
その様子に猪座が、裕紀に聞いてきた。
「すぐに神一郎様にお会いになりますか?
それとももう少し、体を温めてからにしますか?」
「では、養父様に会わせて下さい。」
「分かりました。」
猪座は立ち上がった。
入って来た方向と反対側の板戸を開き、猪座は付いてくるように合図をした。
裕紀と亀三は、立ち上がり猪座の後を追う。
暗くてよく見えなかったが、板戸の外は部屋ではなかった。
屋根のついた渡り廊下であった。
「え? 廊下?」
裕紀のその言葉に、猪座は笑い声を立てた。
「はははははは、ここを訪れた者は皆、そう言って驚きます。
外から見ると小さな小屋で、まさか廊下で続いた離れがあるようには見えませぬ。
この小屋は今いるあばら家だけの小さな家に見えます。
そのように木などで離れや、この渡り廊下を隠しているんですよ。
ですから、一見、小さな粗末な小屋にしか見えないよう工夫してあるんですよ。」
「え? それは何故?」
「ここには道に迷ったとしても滅多に人が来ることはありません。
ですが、国抜けや、盗賊などまかり間違って悪い者が来ないとは限りません。
ですから、マタギなど猟に使う小屋にみせているんです。
人が住んでいるように見せないためなんですよ。」
亀三はそれを聞いて嘘だと思った。
おそらく猪座は命を狙われているのであろう。
だから武士を捨て、マタギとしてここに居るのではなかろうかと。
だが、裕紀は猪座の言葉を
おそらく養父の事が気になって冷静な判断ができないのだろう。
とはいえ、頭の片隅で猪座に対して疑問を感じているようだ。
裕紀は猪座に疑問に思ったことを聞き始めた。
「でも、私達みたいに道に迷って小屋を見つけると、あばら家であっても一晩すごそうとしませんか?」
「それは無いですね。」
「え?」
「まず、このような場所に来る者は普通の旅人ではあり得ません。
来るとしたら国抜けの者達で道に迷って来た者達でしょう。
ですが、この小屋は国抜けなどに使う道から外れすぎています。
道に迷ったとしても、まず来ることはありません。
それでも道にまよったとして、このような小屋で夜を明かすより無理をしてでも里に下りますよ。
少しでも早く山を抜け他国に逃れたいからです。
こんな場所の小屋で、役人や、追っ手に見つかったらという心理が働くものです。」
「そう・・、ですか。
では、盗賊達が
「盗賊など自分の根城があります。
人が住んでいないお宝の無さそうなあばら家になど興味はありません。
それに国抜けなどの者達も、先ほどの私が話したのと同じ考えがあるかとおもいます。
ですから、このような小屋に偵察にすら来ません。」
「なるほど・・。」
裕紀は猪座の説明に納得した。
猪座は、渡り廊下の先にある離れを見ながら、小屋の説明をし始めた。
「離れは有ると言っても、そんなに広くはありません。
今いる小屋の部屋と土間を除くと、離れの4部屋しかありません。」
それを聞いて、あらためて目の前の渡り廊下を見る。
月明かりに照らされて見えるその先は、木や雑木で隠された家がある。
昼間でも、表からは離れがあるようには見えないだろう。
猪座は渡り廊下を渡り一番奥にある部屋の前で止まる。
「神一縷様、お連れしましたよ。」
そう猪座が声をかけると部屋の中から、声が聞こえた。
「ありがとうございます。」
その言葉に裕紀は目を見開く。
「養父様!!」
裕紀は思わず大声を上げ、亀三を乱暴にどけ引き戸に飛びついた。
それを見て、亀三が慌てて裕紀を叱った。
「裕紀様!!」
その叱咤に裕紀はビクリとして、飛びついた引き戸から一歩下がった。
亀三は、猪座に詫びる。
「猪座殿、裕紀様の失礼をお許し下され。」
「いやいや、失礼などと。
養父を思えばこその行動、なにも失礼とは思いませぬ。」
「ありがとうございます。」
裕紀はというと、己の失態に気がつき顔が真っ赤だ。
そして・・
「猪座様・・、すみませぬ。」
「いや、謝ることなどありませんぞ。
さぁさぁ、ご対面下され。」
そう言って猪座は板戸を開けた。