第85話 祐紀 : 困惑の書状 1

文字数 2,595文字

 祐紀(ゆうき)寺社奉行所(じしゃぶぎょうしょ)から呼び出された。

 寺社奉行所に出向くと、すぐにある部屋の前に案内された。

 ここに入るのか?

 その部屋は引き戸で閉ざされた納戸(なんど)だった。

 案内の者は戸を開き、納戸に入る。
祐紀もそれに続き部屋に入り、不審に思った。

 部屋は4畳半ほどの狭い部屋で板敷(いたじ)きである。
どう見ても納戸だ。
ただ、物が何も置いてない。

 何故納戸に入るのか分からず案内の者を見た。
だが、案内の者は特に説明をする気はないようだ。
案内の者は、入り口の戸を閉めると入って左の板壁(いたかべ)に向かい座る。

 何がなんだかわからない。
祐紀は立ったまま案内役を見つめた。
すると案内の者が祐紀を見上げ指示をする。

 「私の隣にお座り下さい。」

 祐紀は慌てて案内の者の隣りに座った。
それを確認すると、案内の者は板壁に向かって声を上げる。

 「祐紀様が到着しました。」
 「あい分かった。」

 板壁の向こうから返事が返ってきたことに祐紀は一瞬驚いた。
案内の者は祐紀に目配せをする。

 え? 何?
案内の者の目配せの意味が分からず祐紀は途方にくれる。

 「御奉行(おぶぎょう)がおりまする。」

 御奉行と聞いてあわてて祐紀は平伏(へいふく)した。
だが、条件反射で平伏したものの何がなんだかわからない。

 御奉行がいる?

 自分の目の前は板壁だ。
板壁を挟んで御奉行と会話をするのか?
寺社奉行とは、このような会見をするのだろうか?
これが寺社奉行所の御奉行との謁見方式なのだろうか?

 祐紀の隣で案内の者は、何かしているようだ。
ゴソゴソと音がする。
そしてカタリと、何かが鳴った。
平伏している祐紀には案内の者が何をしているのか分からない。

 すると佐伯の声がした。

 「祐紀、堅苦しい挨拶はいらん。
 (おもて)を上げよ。」

 御奉行の指図に従い祐紀は顔をあげる。
すると目の前には10畳ほどの(たたみ)部屋があった。

 「えっ?」

 先ほど目の前にあった板壁が消えている。
イ草のよい匂いがした。

 祐紀は困惑する。
これはいったい?

 佐伯は部屋の一番奥、壁際におり此方を向いて座っていた。
その場所は、祐紀が立っている畳より一段高くなっている。

 そして佐伯と対面する形で数人が一段下に座っていた。
こちらに背中を向けているので顔は分からない。
がっしりした体格だ。

 どうやら何か打ち合わせか、会議をしていたようだ。

 この部屋には障子がない。
そのかわり明かり取りがある。
天井付近に狭い長方形の明かり取りだ。
上に板を跳ね上げて光りを入れる構造のものだ。
それが壁全体に複数有る。
障子の部屋に比べれば多少暗いが、不便というほどではない。

 改めて部屋を見た。
佐伯の後ろには、掛け軸がある。
水彩画だ。
シンプルな図柄が返って部屋全体を落ち着かせている。

 部屋の右手は板塀で明かり取りの窓がある。
明かり取りの窓があることから、外に面しているようだ。
おそらく外部からみると、ここに部屋があるようには見えないだろう。
渡り廊下か物置のように見えるに違いない。

 部屋の左手は(ふすま)だ。
松の絵が描かれていた。

 この襖の裏は、たぶん廊下だ。
さきほど祐紀がこの部屋にくる時に歩いてきたので分かる。
廊下からみると、襖のある位置は板壁(いたかべ)だった。

 玄関を上がり、建屋の奥に廊下を進むと、この廊下にくる。
この廊下は別の建屋に繋がっている。
そのことから渡り廊下だと思った。
両側を壁板に囲まれた廊下だ。
雨風を凌いで別の建屋に行くための構造かと思っていた。

 襖の裏は板壁で塞がれているはずだ。
そして襖と板壁の間に人が通れる程の広さがあるとは思えない。
この部屋に入るときの納戸の広さと自分が座った位置からそう思う。
ならばなぜ襖にしたのだろう?
人の出入りもできないのに。
飾りの襖なのだろうか?
謎の作りだ。

 そのような事を考えていると、佐伯が祐紀に声をかけた。

 「祐紀、何をしておる、入れ。」
 「はい。」

 祐紀は、畳縁(たたみべり)を踏まないように部屋に入った。
すると後ろから、カタリ と音がした。
慌てて振り返ると、そこには京壁があった。
自分が入って来た入り口が見当たらない。
案内の者の姿も見えない。

 え?!

 入り口が消えた?
あわてて前を向き佐伯を見た。
だが、佐伯は祐紀の方を向いていない。

 祐紀は一瞬、この状況を聞こうかと思った。
だが、佐伯は難しい顔をして考え込んでいた。
聞ける状態ではなさそうだ。

 ともかく落ち着こうと思った。
そして・・。
部屋に入ったのはいいが、どうすればいいんだ? 私は?
そう思い、部屋の中で(たたず)んで途方にくれる。

 それを察したのか、此方に背を向けていた者が振り向いて声をかけた。

 「(わし)の後ろに座れ。」

 その指示にホッとした。
祐紀は、声をかけた者の後ろに行き正座をする。

 だが、座ってからハタと気がついた。
この席位置は、奉行所に勤める者の末席(まっせき)のように思える。
部外者である自分が座るべき位置ではないのではないだろうか?
そう思ったのだが、指定されたのだ。
今更築いても遅い。

 座ってから10分程経った。
佐伯は難しい顔をして押し黙ったままだ。
他の者も誰も一言も(しゃべ)らない。
暇を持てあました祐紀は再び周りを眺めた。

 (ふすま)の絵は松で太い(みき)が曲がった老木だ。
松は武士の生き方を表していると聞いた事がある。
奉行所らしい絵なのだろう。
だが、美術に興味のない自分にはその良さがわからない。
掛け軸の絵も同様である。

 天井は天上板が無く太い(はり)が丸見えだ。
これだと誰も天井に忍び込めないなだろう。
そう思った。
だが、奉行所に忍び込もうとする者などいるのだろうか?
そのような事を考え、自分に突っ込みを入れる。

 一通り見た後、どうしたものかと思う。
呼び出されて御奉行と対面したものの、この状況はなんなのだろう・・・と。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み