第227話 裕紀・密入国をする・・ その9

文字数 2,027文字

 裕紀(ゆうき)亀三(かめぞう)は、山中で足跡の追跡を開始した。

 足跡は山奥に向かい進んでおり、一向に山里に向かう気配はなかった。
太陽はもうすぐ西の山の頂上にかかろうとしている。

 山の夕暮れは早い。
山陰に太陽が隠れると、暗くなるのはあっという間だ。
それにともない気温もグンと下がる。

 このまま追跡をすれば野宿となる。
野宿は想定していなかったが、山では何が起きるかわからない。
そのため非常食と毛皮の防寒具は持ってきてはいた。

 「亀三・・、野宿・・かな?」
 「何を今更? 分かりきった事を何故聞くのです?」
 「うん、聞いた私がバカだった、かも。」

 亀三は肩をすくめながら答え、裕紀は分かっていた回答にため息を吐いた。
黒装束の者達に遭遇したり、養父の痕跡がまさかこのような山奥に向かうなどと誰が想像できたであろうか・・。

 裕紀は亀三の回答を聞き、野宿の覚悟を決めたのであった。
とうより、野宿以外はあり得ない。
いやだろうが何だろうが、里に下りるのは無理であったからだ。

 野宿するには、幸いにも雲はあるものの雨は降りそうも無い。
むしろ曇り空により放射冷却とはならず、底冷えはないだろう・・。

 だが・・。
春に近づいたといえども冬なのだ。
山の寒さは厳しい。

 「夜、寒いだろうな・・。」

 「当たり前の事を言わないで下さい、裕紀様。
今でさえ寒いのですから。
でも、安心して下さい。
幸い、山には木がたくさんあります。
(まき)には困りません。
よりどりみどり選び放題、贅沢な場所におるのです。
見て下さい、右も左も、前も後ろも木だられけですぞ?」

 「亀三・・、山に木が無ければ山ではないだろう?
薪に困らないというのは当たり前ではないのか?」

 「いえ、はげ山という山もありますぞ。」

 裕紀は、亀三を睨んだ。
だが、これ以上言っても疲れるだけだと考え直す。

 だが、亀三に重要な事を告げた。

 「薪には困らないだろうが、生木を燃やすのは困難過ぎないか?」
 「裕紀様、生木を薪にするつもりですか?」
 「え?・・。」
 「普通は、そのような事はしませんぞ?」
 「な! あ、当たり前だろう!」

 「え? 生木を薪にするつもりだったのでは?」
 「違う! 生木では薪にならないだろうと言っているんだ!」

 「そうですか?」
 「そうだ!」

 「そうですか、なら良いのですけど。
生木など、そう簡単に燃えるものではないですから。」

 「・・亀三・・、はぁ~・・。
まぁいい・・、では、薪はどうするんだ?」

 「探せば倒木がありますよ? たぶん。」
 「・・たぶん?」
 「・・・。」

 亀三の言葉に裕紀はポカンとした。
なんか茶化されているような気がする。
だが、この会話はおそらく亀三の配慮なのであろう。
裕紀が精神的にまいらないようにするために。

 裕紀は亀三の会話につきあうことにした。

 「倒木があったとしてだ・・。
それが乾燥しているとは限らないのではないのか?」

 「おやおや、否定的な事をおっしゃる。」

 「否定的にもなろう? 乾燥してない倒木では簡単には火は着くまい?」
 「簡単に着きますよ?」
 「へ?」

 「この1週間以上、雨や雪は降ってはおりません。
むしろ晴れわたっていたようですよ。
ですから、乾燥している倒木もあるでしょう。
それに杉の落ち葉もあれば、()()()()()もあるですから。」

 「・・・杉の葉と松ぼっくり?・・。」

 「ええ、ただ、杉の葉と松ぽっくりだけだとだめですよ?
倒木がなければ困ります。
松ぼっくりは燃焼時間などあっという間ですからね。
薪代わりにはなりません。
ということで、倒木があることを神様に祈りましょう。
祈るのは裕紀様、得意でしょ?」

 「え! 何それ?
神頼みっていう事?
安心させておいて、行き着くところはそれとは無いだろう!」

 「ははははははは!」
 「・・・笑い事かよ・・。」
 「まぁ、なんとかなりますよ。」
 「・・・・。」

 裕紀は亀三をジトメで見た。
だが、亀三は気にする様子はない。

 それから暫く歩いたところで、太陽が山頂にかかった。
すると今までの太陽の動きとは思えない程に早く、太陽は山陰に隠れる。
辺りが一気に暗くなってしまった。
そして気温も急激に下がる。

 「亀三、陽が落ちたし、そろそろ野宿の準備でもせぬか?」
 「はぁ? ここで、ですか?」
 「え?」
 「まあ、いつ言ってくださるかと思っていたのですが。
そうですか、ここでやるんですね?」
 「え?」
 「いや、なに、野宿の準備をするにはかなり遅すぎだと思ったんですよね。」
 「え?」

 「普通は日が暮れる前に、夜露などが当たらない場所を探し薪を集めたりすもの。
なのに裕紀様は一向に言わないのでおかしい思っていたんですよ。」

 「な!! 亀三、それを早くに言え!」

 「え? 言えも何も、そんなの常識中の常識ですよ?」
 「・・・・。」
 「まあ、野宿はしなければならないので、やりますけどね。」
 「・・・・。」

 裕紀は亀三のあきれ顔と、その言いように少し腹が立った。
思わずムッとした裕紀であった。
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