第215話 縁 閻魔大王・・・

文字数 2,489文字

 閻魔大王(えんまだいおう)は、執務におわれていた。

 人間界でいうと午後7時であろうか・・。
いつもなら午後6時頃には仕事が終わるのだが、側近から今日の裁定が終了したという報告が来ない。

 本来ならば、閻魔大王の机に本日裁定を行う量の書類が山積みされていなければならない。
だが、閻魔大王が書類の山を見るとやる気をなくすので、側近が裁定が終わるたびに書類を届けるようにしたのだ。

 つまり部下に本日の裁定を行う数、裁定配分のスケジュールを放り投げてあるのだ。
だが決して閻魔大王が横着であったり、仕事ができない訳ではない。
いや・・横着なのかもしれないが・・。

 一人の亡者の現世での調査書類は100ページ前後に及ぶ。
それを読み込み、的確な判断を閻魔大王は1秒で平均80人に下しているのである。
人間界ではあり得ない速度である。

 それというのも裁定者とは言葉ではなく、精神干渉で会話をする。
精神干渉とは、テレパシーと似たようなもので直接脳に干渉して話す事である。
精神干渉で亡者に前世での罪悪を伝え、裁定の結果を伝えるのである。

 これをたとえるなら・・

 そう・・プレゼンテーションを想像してもらえばわかるだろうか?
プレゼンテーションは視覚による効果が大きい。
画像、そしてグラフなどで統計結果を相手に伝え、ビジョンを示し理解させ判断をさせる。
そして質疑応答と、プレゼンテーションに対する評議が行われ、その結果を得る。

 それを閻魔大王は亡者に生前の行いをビジョンを交えて伝え、そのことについての申し開きを読み取り、判決を1/100秒もかけずに下すのだ。
その時、閻魔大王は神力を使い亡者の脳を活性化させ思考の早さも倍増させているのである。
亡者からすると閻魔大王の前に出され、裁定が下されるまで1日以上経過したように思えるだろう。

 閻魔大王が他の神より精神干渉の能力が卓越しているために行えるのである。

 天界での裁定は、1部屋に1000人程が入る。
部屋には入り口と出口の二カ所の扉がある。
亡者は一直線に一列に並び、入り口から入り裁定され出口から出ていく。
閻魔大王の机はこの列に対し横に配置されている。
亡者は閻魔大王の執務机にさしかかると、体を廻れ右をして閻魔大王と向かいあうのだ。
裁定は一度に100人程が同時に行われる。
裁定が終わると、廻れ左をして出口から出ていく。
見ていると青果場のリンゴなどの選別をするベルトコンベアに乗った果実に見えなくもない。

 一部屋にいた亡者の裁定が終わり、次の裁定に入る前に閻魔大王は一休みしようかと考えた。
すると側近が、次の裁定の書類を持って入ってきた。

 「閻魔大王様、次の裁定用書類です。
すぐに次ぎの者達を部屋に入れます。」

 「おい、(わし)を少し休ませぬか!」
 「はぁ、休みたいのですか?」
 「当たり前だ! 3時の休憩以後、休んでおらんのだ。
今はもう7時頃であろうが!」

 「そうですか、では、休みたければ、ごずいにどうぞ。」

 「よし、では1時間程・。」

 「ただ申し上げておきますね。
本日しなければならない未決済書類がまだかなりあります。」

 「なんだと? ちなみに後、どのくらいの量だ?」

 「休みをとらずに処理して、本日の午後10時頃でしょうか。
それも仕事がスムーズに済めばですけど。
スムーズに済むといいですね、閻魔大王さま。」

 そういって側近の青鬼はニコリと笑う。
閻魔大王はその笑顔に顔を顰める。

 「そうか・・、で、お前は何時頃に終わると考えておるのだ?」

 「そうですね~、休みを取った場合ですか?
取るか取らないかによるんですが?」

 「取った場合だ!」

 「取った場合ですと・・。
そうですね、なんだかんだで午前0時頃になるんじゃないですか?
まあ、それも大したトラブルがない場合ですけどね。
なければよいですね、閻魔大王様。
では休憩ということでよろしいですよね?」

 「よいわけないだろう!!」
 「おや、午前0時前には仕事を終わりたいと?」
 「当たり前だ。」

 「残念です。
あ、言い忘れておりましたが、私は午後10時には帰らせてもらいますよ。
私のサポートは当てにしないでくださいね。
当てにするようでしたら、組合に訴えますので。」

 「儂一人で働けというのか、お前は!
お前は鬼か!」

 「はい、鬼ですよ、青鬼ですけど。 それが何か?」

 閻魔大王はすまして答える側近の青鬼の顔をジト目で見た。

 「そのような顔をして抗議しても無駄です。
仕事は勝手に減ってはくれませんよ?」

 「ふん、分かっておるわ!
じゃが、ここ数日、やけに死者が多くないか?」

 「はぁ、まぁ人間界で戦争とやらが始まったようですので。」
 「まったく人間どもめ、儂の仕事を増やしおってからに。」
 「はいはい、愚痴はいわずに仕事を。」
 「くっ! 分かった、やればいいのだろう、で・・と。」

 閻魔大王は渡された資料を見た。

 「何々・・、今世は(しず)として生まれ武家で育ち・・・。
その前は豪農の妻として・・か。
ふむふむ、で、(さかのぼ)ると平安時代か・・・。
平安時代?!
・・・
そうか、この者であったか・・。」

 「閻魔大王様、何か裁定に不備でも?」

 「そうではない。
特別裁定をする。
よし、この者一人だけをここに通せ。」

 「よろしいのですか?
特別裁定などすると帰りが遅くなりますよ?
後日にされては?」

 「いや、良い。この者を通せ。」
 「・・・はい。」

 閻魔大王の前につれて来られたのは、・・一之進の妻、静であった。
閻魔大王は側近を全て、部屋の外に出した。
そして静と向かい合う。

 「その方、今回の人生はどうであった?」
 「はい、閻魔大王様、よき人生でございました。
ただ、残してきた子と主人が心配でございます。
特に子は小さかったものですから。」

 「そうか、だが、お前はもう幽世(かくりょ)の者なのだ。
現世(うつしよ)の事は、現世の者に任せるしかない。
そして、其方(そなた)輪廻転生(りんねてんしょう)に備えねばならぬのだ。
よいな?」

 「・・・はい。」

 静が寂しそうに返事をし、閻魔大王はただ頷いた。
そして、静のつむじに閻魔大王は人差し指を軽く乗せる。
その瞬間、感電したような痛みが静に走った。

 「きゃ!」

 静は悲鳴を上げ気を失った。
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