第28話5

文字数 860文字

はあひぃ、ひぃぃ、はぁぁ、はっ、はぁぁぁぁ……

 完全に息が上がっている。

 無様な姿だ。

 見ようによっては土下座にも見える。

 それでも。


 膝に手を当て、立ち上がろうとする。

 力が入らないのか、ガクガク足が震えている。

 ようやく立ち上がるが、背筋を伸ばすことすらできない。


 だというのに。


 足を前へ出す。

ひぃ、はあ、ひぃぃ、はああ……ふっ、ふぅぅ、はああ……
 息の仕方も忘れたかのような荒い呼吸音が調練場に木霊する。
ま、負けない……俺は、まけ、ない……

 体を引きずるようにして前へ出ようとしている。

 もう足が上がらないのだろう。

お、俺は侍だ……負ける、わけには、いか、ない……

 膝から崩れ落ちた。

 もう立ち上がれないだろう。

 この場にいる誰もがそう思うような姿。

 だがそれでも。


 深藍の機巧武者は立とうとする。

 力が入らない体に鞭を打つように。

ぜはぁぁ、はっ、ふっ、ふぅぅ、ふぅぅぅ……はぁぁ。はっ、はっ
 呼吸を乱れさせながら。
ごほっ、ごほ、ごほっ。うっ、ふぅぅ。

はああ、はああああ!

 気合を入れ直して立とうとする。
負け、ない……俺は、負けない……

 膝は地面から離れない。

 もう立てないのだ。

 それでも立とうとする。


 そこまでする理由はなんなのだろうか。

 僕に負けたくないからだけとは思えなかった。

 そんな小さなことに対してなら、とっくに心が折れていたとしてもおかしくはない。

 何かが彼を支えているのだけはわかる。


 立ち上れない深藍の正面に立つ。

 もう顔すら上げられない。

 頭を垂れている。

 正面に僕がいることもわかっていないのではないだろうか。

くっ、くぅぅ。なめるなぁ。

俺は、もう誰にも、負け、られない……

 手がジリジリと伸びてくる。

 それはとても殴っているとはいえない姿だ。

 だが、震える指先が葵色で(おどし)た鎧に触れた。

……負け、ないんだ……

 己の意志に反して、ついに力尽きる。

 手が垂れ下がり、両膝から力が抜け、体が崩れ落ちる。


 地面に倒れ込もうとするところを僕が受け止めた。

……勝負あり
 そう澪が宣言をした。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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