第6話3

文字数 817文字

 さらりとかすかな音を立てて彼女の髪が流れ落ち、僕の頬をくすぐる。
髪が……
これは申し訳ありません。

主様にかかってしまいましたか

 細い指が葵色の髪をかき上げる。

 葵色――灰色がかった明るい紫色だ。

 古くからある伝統色の一つで植物の葵の花の色に似ている。

珍しい色の髪だ。でも綺麗だね
ふふ、ありがとうございます

 ウィッグのような不自然さはない。そして髪を染めているわけでもないのだろう。

 彼女は髪は生まれつき――といっては少し語弊があるが、最初からこうだったはずなのだ。


 そもそも彼女はヒトではない。


 彼女は人ならぬモノ。

 人工的に生み出された存在。魂の色が同じ者の力を借り、強大な人型兵器――機巧武者となることができる人外の化生。石や木や糸や布や様々なものを駆使して組み上げられる創造物だ。

 機巧姫はその体に特定の色の勾玉(まがたま)を必ず持っている。

 勾玉の色は彼女たちの魂の色であり、同じ色の髪をしている。

 そしてその色の名称で呼ばれるのが習わしだ。

まるで本物の人間みたいだ……

 そうつぶやくと彼女の口元が優しく緩んだのがわかった。

 自然な表情、違和感のない仕草。

 とても人形とは思えない。

ええ。

吾は――機巧姫たちはそう創られましたから

 彼女の繊手が僕の頬に触れた。

 ゆっくりと形を確かめるように動く。滑らかな動き。指の感触。作り物には見えない。

吾の手はあたたかいでしょう?
いや、どっちかというと冷たいかな
……まあ。

それは申し訳ありません

あー、いや、女性の指先は冷たいものって言うしさ。

むしろこの方が自然というか正しいというか……とにかく、君が謝るようなことじゃない

……ありがとうございます
どうかした?
……君だなんてそんな寂しい呼び方をしないでください。

吾にはれっきとした(めい)があるのですから

葵色の勾玉を持つから葵の君なんだよね。

だったら……葵って呼んでも?

はい
 深く満足したような返事に、心の中で僕はそっとため息をついた。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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