第44話2

文字数 772文字

なんだ、意外に見えるじゃないか
 確かに湯気が立ち上っているので見えにくいもののスタイルの判別ぐらいはつく。
おおお、すげぇ。すげぇな、兄貴っ

 不動はすごく前のめりだった。

 このまま転げ落ちても悔いなしと言わんばかりの食いつきぶりだ。

もう少し湯気がないといいんですがねェ。

これじゃァ顔もわかりゃしない

 蓬髪の男性の呟きに不動が無言で頷いている。

 そこまで真剣になって見るようなものなのだろうか疑問だ。

 だって体を洗ったりしているだけなんだし。

不動が思い切り息を吹きかけたら湯気を飛ばせたりして

 取るに足らない冗談のつもりだった。

 鬼の不動の肺活量ならそういうこともできたら面白いよね、ぐらいの。

兄さん、できるんですかい?

 食いついてきたのは蓬髪の男だった。

 期待に満ちた目をしてこちらを見る。その視線を不動が捕まえた。

あんた、いい体してるな

 いや、別に変な意味ではない。

 不動の視線は男の首回りや腕、足に向けられている。

 確かにこの人は町人に見えない。

 腕や足にはしっかりと筋肉がついていて、鍛えられたボクサーのような体つきをしている。

鬼のあんたに比べたらたいしたことはないでしょうや

 さっと不動の顔が朱に染まる。

 そして手を頭巾の上に置いた。


 ああ、そうか。

 不動は角を隠すために頭巾を被っていたのか。

……すいやせんね。こういうところで口にすべきじゃありやせんでした。今のは忘れてくだせェ。

だが、あんたが本物なら期待させてもらってもいいでしょ?

 男の声には期待の色がある。

 口をへの字にして男性を睨みつけてから不動は大きなため息をついた。

物は試しだ。やってみる。

すぅぅぅぅぅぅぅぅ……

 大きく息を吸い込む。

 胸を張ってまだ吸う。吸う。吸う。

ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 そして勢いよく吐き出された息が湯気を吹き飛ばしていた。

 さあっと視界が晴れていく。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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