第56話3

文字数 553文字

はあ、はあ、はあ……

 荒い息を吐きながらも中伊さんは足を止めない。

 既に日は傾き、高い木々に囲まれているのもあって視界は悪い。

 足を踏み外せば谷底へ転がり落ちかねないので慎重に進んでいくしかなかった。

 さらにしばらく歩くと、前方に小屋のようなものが見えてくる。

今日はあそこで一泊しよう。

明日の朝早くに出るからしっかりと休んでくれ

 荷を下ろして庇の下に入る。
今日は野宿になるかと思ってたから助かったね
旅をする人のために道中にこういう小屋がいくつかあるんだよ。

ほら、これ

 不動からもらった携帯食料を口に放り込む。
うぐ……

 正直、おいしくはない。

 竹でできた水筒の水で無理矢理流し込んだ。

日が沈むとさすがに冷えるね

 春とはいえ夜になると気温がぐっと下がる。しかも今いるのは山の中だ。座っているだけでも寒さが体にしみ込んでくる。

 中伊さんはよほど疲れていたのか横になってすぐに寝息を立てていた。ほつれた髪と乾いた肌。初めて出会った時の印象とは随分と変わっている。

……姉貴たち、上手くやってるといいな

 不動の呟き声にはあえて返事をしなかった。

 どこで犯人たちが見ているかもしれない。

明日も早いから僕たちも休もう

 体重をかけるとギシギシと音のする板間に横になる。

 ろくな寝具もないが目をつむるとすぐに眠気がやってきた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色