第60話5

文字数 535文字

……コウジュ、行って

 低く小さな声で澪が命令を下すと小さな影が飛び出した。

 軽やかに僕の体に飛び乗り、弦走韋を張った胴の上に立つ。

 そこで空を見上げているのは紅寿だ。

うおおおおおぉぉぉぉん!
るおおおおぉぉ――――ん!

 その遠吠えに応える声がある。

 翠寿だ。

 術が解けて動けるようになった翠寿が四つ足になってこちらへ駆けてくる。

なに、を……

 するつもりなのか。


 視界の隅にこちらへ迫ろうとする鶯色の機巧武者が映る。

 まさか。まさかまさかまさか!


 紅寿はちらりとこちらを一瞥する。

 決意を秘めた表情。

 そして胴から飛び降り駆け出した。

や、めろ……

 人狼では機巧武者に勝てない。

 機巧武者に勝てるのは機巧武者だけなのだから。

キヨマサ君、立って! 

あいつを倒すために!

くぉぉ……

 肩を地面から引き剥がし、肘を使ってうつ伏せになる。

 たったそれだけで目が眩む。

 倦怠感が全身を包み、意識を手放しそうになる。

主様、お気を確かに。

気を失ってしまえばこの姿を保てなくなります。そうすれば戦うことができなくなります

 わかっている。僕がやるしかないんだ。

 上体を起こしながら片膝をつく。

 立った膝に手を当て、渾身の力を込めて立ち上がる。

こっちだよ。ついてきて!
 ケモノにまたがった澪が促す。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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