第3話1 パチパチという音が響いている

文字数 978文字

 ――パチパチという音が響いている。


 モニタ以外に光源は存在しない。

 この場所に生きている人間は僕以外、誰も存在しない。


 これは夢だ。


 モニタの時計は午前四時過ぎを表示している。


 これは夢だ。


 こんな時間に、こんな場所で、たった一人で仕事をしているはずなんてない。

 だから、これは夢だ。

 ただ目の前にある作業を淡々とこなしていく。

 そう、やらなければならないことがある。


 ――パチパチという音が響いている。


 次のイベントのためのキャラクターを考えなければならない。そのための資料作成も必要だ。


 新規に立ち上げたゲームの滑り出しは上々だった。正直、ほっとしている。

 ゲームをリリースする前はいつも緊張する。

 ゲームが受け入れられるかを考えると胃が痛くなって夜も眠れない。

 肉体的にも精神的に追い込まれる状況をなんとかしのぎ切って、ようやくリリースに至る。

 もっとも、ゲームをリリースして終了というわけではない。

 不具合対応、バランス調整。次のイベントの準備。やることはいくらでもある。

 サービスが終了するまでそういった作業は続いていく。


 ディレクター業というのは多岐にわたる。

 ゲームが始まるまでの制作はもちろんのこと、ゲームが始まってからもイベントの準備、資料の作成と発注、誤字脱字のチェック、パラメーターやバランス調整、音声収録、モーションの確認、デバッグなどなど。

 本当にたくさんの作業が待っている。


 聞いた話によると、誰もが知っているような有名タイトルにもなると、それこそ毎日音声収録があるらしい。そうなると音声スタジオを自前で持つ方が効率がいいからと用意したとか……すごい話だ。


 ああ、いかん。他社さんのことはいいんだ。

 今は新しいキャラクターを考えないと。


 前回がロリ系、その前がおねーさま系のキャラだったので、今回は正統派がいいだろうか。

 こういうのはバランスが大事だ。

 偏るとプレイヤーが離れて行ってしまう要因になりかねない。

 あとプレイヤーの意見を聞きすぎるのもよくない。参考にするのはいいとして。


 ――パチパチという音が響いている。


 というわけで、ベースは正統派にした。

 正統派といっても方向性は様々だ。

 お嬢様、優等生、委員長、凛々しいとか母性あふれるとか。

 ここまで変化球が続いているから、今回は下手にひねりを入れない方がいいだろう。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色