第15話2

文字数 705文字

 だがそれならば脱衣所の外にいる葵が何故止めなかったんだろうかという疑問がある。僕が中にいるから少し待っていてほしいと頼むことはできたはずだ。

 それに彼女の第一声も気になる。

 まるで僕がお風呂に入っていることを知っているような口ぶりだった。

そっか。じゃあ、お兄ちゃんはどうしようか。

お風呂から出たほうがいい?

 自分に言い聞かせる。

 状況に甘えるな。自分が望む展開に基づいて行動するな。

 常に最悪の事態を想定して行動しなければ痛い目を見るということを今の僕は知っているのだから。

ううん、出ちゃダメです

 出ちゃダメなのか。それなら仕方がないな。

 途中まで上がった腰を改めて湯船に沈める。

じゃあ、一緒に入る?
……いいの?
君がよければ、だけど
やった!

 彼女の顔は喜色にあふれていた。

 こちらへ駆けてくると、勢いよく湯船に飛び込む。

こ、こら! 

いきなり飛び込んだりしたら危ないだろ!

ぷはっ。あははは! 

一回やってみたかったの!

 そんなに楽しそうに言われたら叱ろうとした言葉も引っ込めざるを得ない。なにしろかわいいからな!
はー、あったかいねー。

こんなにあったかいお風呂はいったの初めてかもー

そうなの?
うん。だっていつもお風呂にはいれるときは最後だし。

だからぬるいの。お湯もよごれてるし

そうなんだ……
お兄ちゃんといっしょにお風呂にはいったら、いつもこんなにあったかいお風呂なのかなー。だったらいいなー
僕とお風呂に入りたいの?

 わかってる。

 彼女の目的は温かいお風呂であって、僕とお風呂に入ることではない。そこをはき違えてはいけない。

うんっ
 でもこんな輝くような笑顔を目の前にしたら、そんな建前なんてどうでもよくなってしまう。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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