第61話4

文字数 750文字

よっと

 上体を後ろに倒す。

 最初から後ろに体重をかけてあったから転がるのは容易い。

 仰向けになった視界内に鶯色の機巧武者が入る。

はっ

 眼前を通り過ぎようとする相手の腹を蹴る。オーバーヘッドキックの要領だ。

 突進の勢いと僕の蹴りによって鶯色の機巧武者はかなりの距離を飛ぶ。

この程度、毛ほども感じんぞォ

 空中で姿勢を変えて見事に両足で着地をする。

 ズブリという鈍い水音。

むッ!?
 鶯色の機巧武者は太ももまで地面に埋まっていた。
な、なんだこれは!? 

どうなっている!

知らなかったのか? ここは泥炭地なんだよ
な、なんだそれは!?
 そう言っている間にも鶯色の機巧武者は腰まで沈みこんでいた。
なんだこれは……抜け出せんッ
お前が今いる場所は底なし沼なのさ
なッ!? まさか……まさかァァァ!

 ここは枯れた植物が十分に分解されずに堆積したために地盤が緩く、底なし沼のような状態になっている。

 澪によると、うっかりこの場所に足を踏み入れた大型の動物が頭まで埋まってしまったという話も残っているそうだ。

ば、馬鹿な……こんなことが……ああああァァ!
 既に胸まで埋まっている。あれでは身動きすらとれない。
こんなことで……こんなことでェェェ
最後まで見届けてやる。

お前はそのまま地獄の底まで沈んでいけ

くそォォ! くそォォォォ……ッ
 上半身のバネだけで放たれた槍をわずかに上体をそらしてかわす。
おのれ……おのれおのれおのれおのれェェェ……! 

その顔、決して忘れぬぞォォ……

 肩が埋まり、面頬が泥に浸かる。

 声が出せなくなると鍍金鍬形の立物もすぐに見えなくなった。

終わっ……た

 膝から力が抜けて崩れ落ちる。

 鎧姿を維持することもできそうにない。

 誰かの声が聞こえるけどなんと言っているかはわからない。

キヨマサ君!
 僕は意識を手放した。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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