第1話2

文字数 757文字

 澪は無心で矢を放つ。

 命中した大矢が敵の胸部を貫き、勢いでひっくり返る。

 そのままぬかるんだ地面を滑り落ちていった。

 違い山形の文様が描かれた指物旗(さしものはた)が泥まみれになる。

 だが行動不能には至らなかったのだろう。泥に汚れながらも立ち上がろうとしている。

 そこに再び矢が降り注ぎ、一本の大矢に頭を射抜かれてようやく擱座した。

はぁ、はぁ、はぁ……

 口を開けて荒い呼吸をなだめようとするものの思うようにいかない。

 心を落ち着けようとするが、気ばかり急いてしまう。

――今日の食事はお魚がいいですね
 唐突に澪の心に話しかけてくるものがある。
いきなりなんの話?
祝勝会の献立について私なりの希望を述べてみました。

ミオ、私はお魚がよいと思うのです

戦の真っ只中なのに、そんなことを急に言われても困るんだけど……
いえ、今だからこそ伝えておかなければならないと思ったのです。

なにしろ、美味しい食事を準備するには多くの時間が必要だと聞いています

それはそうだけど……
だから早めに要望は伝えておくべきだと考えたのです。

ミオ、お魚にしましょう

……わかった。

でもね、水縹が心配しなくても関谷はおいしいお魚がたくさんとれるから心配はいらないと思うよ。

お城の食事っていったら私も一度しか食べたことないけど、一見したところお椀にご飯が盛ってあるだけなのに、実はその下にいろんなおかずが隠されている狸食っていうのが目にも面白くて美味しかったよ。

そのおかずの中に白身のお魚も入ってたはずだけど……

それは素晴らしい。実に素晴らしいことです。

そんなご褒美が待っているのなら、この戦は負ける道理がありません

 そうだった。

 連れ合いである水縹の君は澪が漠然と思い描いていた性格とはやや――いや、かなり異なっていたのだ。

 それは一言で表すことができる。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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