第43話2

文字数 791文字

 銭湯の暖簾をくぐって履物と荷物を預ける。
一人百圓だよ
手ぬぐいとぬか袋もお願いします
じゃあ、二人で四百圓だね
 二人分のお金を払っておく。
俺の分――
いいよ。ここは奢り。

お風呂を出たら二階へ行こう。そっちの代金は不動が持ってよ

……わかった

 手早く服を脱いで奥へと向かう。

 少し早い時間のせいか先日より人の数はまばらだった。お陰で石榴口の中も空いている。

 頭をぶつけないように石榴口を潜って、まずは並んで湯船に入る。

ふぅ~。生き返る……

 相変わらず不動は黙りこくっている。

 でもあえて聞こうとは思わない。話す必要があると思えば自分から切り出してくるだろう。

 湯船を出て体を洗い、また湯船に入る。それを二度繰り返した後だった。

兄貴……俺、機巧姫が欲しいんだ
 意を決したように不動が重かった口を開く。
戦場に出なきゃ男じゃない。

俺は男になりたい

 柘榴口の内側は暗くて隣にいる人の表情もぼんやりとしかわからない。
あ、今のはそういう意味じゃないからな。

それは祭りの時に済ませたし

 ……なん、だと?

 今、経験済みって言いましたか?

 そっか、そうなんだ。

 こっちの世界ではそういうのが普通なのか。

 そうなんだ……。

教えてくれ。

どうすれば兄貴みたいに機巧姫に認められる男になれるんだ?

 言葉に詰まる。

 僕のケースは参考にならないからだ。


 空から落ちている時にそうなってましたと言って信じてもらえるだろうか。

 それを不動が真に受け止めて「崖から飛び降りる!」なんて言い出しても困るし。

もう機巧姫には会ったんですよね?
ああ。操心館に来た時に何人かとは顔合わせをした。

でも誰も俺を認めてくれなくて……ちょっと待った。なんで敬語なんだ?

 だって不動は人生の先輩だもの――という己の葛藤をぐっと押し込める。

 いいんだ、そんなのは些細なこと。気にすることじゃない。

 僕だってそういうことがあればいつかきっと……多分。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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