第44話1 そろそろ出て二階に行こうか

文字数 746文字

そろそろ出て二階に行こうか。

そっちは不動持ちだからな

 頭の上から湯気をホクホクさせながら二階へ上がる。
兄貴、窓際が空いてるぜ
先に行って場所を確保しておいて

 小銭を出してお菓子を確保する。葵から話を聞いた時から食べてみたいと思っていたんだ。

 黒くて四角いので羊羹だろうか。

お茶をもらってきたよ。あとお菓子も
ありがたい

 並んで腰かける。窓から入る風が湯上りの体に気持ちいい。

 二階はほどよい混み具合だった。

 横になったり娯楽に興じたりしている人たちをこうやって眺めているだけでこっちまで楽しい気分になる。

 お茶で口の中を湿らせてからお菓子を口に入れる。

あんまり甘くないんだな
 羊羹は控えめの甘味加減で、これはこれで悪くない。
もぐもぐ……ほうはな。ごくん。

すごく甘いだろ。甘いものは好きだけどさ

 不動はまさに鬼一口だった。

 口の端についた餡を頭の上に乗せた手ぬぐいの端で拭う。

それ、いいの?
 不動はお風呂場でも前を隠さずに手ぬぐいをずっと頭の上にのせていた。
気にしないでくれ。ここで騒ぎを起こしたくないからさ。

それよりもあそこ行こうぜ、あそこ

 興奮気味に不動が指差す先には階下を見下ろせる窓がある。
湯気のせいでよく見えないらしいよ
 前にあそこで身を乗り出すようにしていた人がそんなことを……あれ?
懲りない人だなあ

 蓬髪を撫でつけた男の人が窓の一角を占めていた。

 そして以前と同じように体を乗り出して下を見ている。

 微妙に鼻の下が伸びている……気がしないでもない。

いいからいいから。行こうぜ、兄貴

 そこまで誘われて断るのも空気が読めないというものだ。付き合うとするか。

 別に下心があったわけではない。友人の誘いを無下にしたくなかっただけだ。いや、本当に。

 枠の一角を確保して二人並んで一階を見下ろす。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色