第29話3

文字数 841文字

その犬っ子が言う通り、鬼の長は夜通し殴り合って最後に立っていた者がなるものなんだけどさ。

俺なんて真っ先にぶっ飛ばされるんだよ。んで、俺をぶっ飛ばした奴はその次ぐらいにはぶっ飛ばされてさ。

とにかく鬼は強さがすべてだから、殴って殴られて、それでも立っている奴が長だってみんなが認めるわけ

 壮絶なバトルロイヤルだな。

 しかし、あれだけの腕力を持つ不動を一発殴ってKOするってどうなっているんだ。鬼の一族は化け物ぞろいか。

当然、俺なんか長の足元にも及ばないヒヨッコなんだけど、その俺と長以上にウメゾノ様と兄貴の力量差はあったと思う。

だから正直言って、ウメゾノ様はすげーと思う。

俺だったら……ぶるって立っているのがやっとだったかもしれない

 かすかだが不動の足が震えているのがわかった。
あれだけ力の差があるんだ。一発殴って相手の意識を奪って終わりにしてもよかっただろ? 

でも兄貴はそれをしなかった。

一本目は動きが速すぎて何をしたのかわからなかったけど、二本目は相手の全力を出させていた。だからウメゾノ様は納得できたと思うんだ

 不動が僕をまっすぐに見つめている。
――自分より、兄貴のがずっと強いって

 本当は幕末の剣豪、男谷(おたに)信友(のぶとも)のように三本のうち一本を譲るつもりだったのだ。

 だから二本目は自分からは仕掛けず、回避に専念した。

 二本目を譲る前に相手の体力が尽きるのは想定外だったんだけど。

 だから僕が優しいというのとは少し違うように思う。


 ちなみに一本目の動きは熊を倒すときのものだ。

 実践しようなどと思ってはいけない。野生の熊には近づかないに限る。

俺、もっと強くなりたい! 

兄貴に勝てるとは言わないまでも、兄貴に全力を出して戦ってもいい相手だと思われるぐらいには強くなりたい! 

そのためには修練あるのみだもんな。俺、道場に行ってくる!

 またな、兄貴!とでかい声で別れの挨拶をすると、全速力で走って行ってしまった。

 なんて元気な奴なんだ。少しぐらいその元気を分けて欲しい。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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