第29話4

文字数 956文字

 葵の手が僕の背中に触れている。

 ありがたくて、少しだけ顎を引いて感謝の気持ちを伝える。

 葵はそっと微笑んでくれた。

あたしもコウおねーちゃんに字をおしえてもらうじかんなのでいきます
まあ、字の勉強をしているのですね
うん! 

じゃなかった、はい!

それでは文字が書けるようになったら、主様と吾にお手紙を書いていただけますか?
……いいの、ですか?
はい、もちろんです。楽しみして待っています
じゃあ、いそいでおしえてもらってくるね。そ

れでは、キヨマサさま、ミオさま。あたしもいきます!

 ぺこりとお辞儀をして、翠寿も走り去る。

 その姿が見えなくなったところで限界だった。

……ふう
よく堪えられましたね

 僕も体力の限界だった。体力というか行動力というか。

 初めて機巧武者になったときと同じように全身を倦怠感が包んでいる。

悪い。もう立っていられない……

 ずるずると腰が落ちていく。

 葵が背中を支えていてくれたから、これまではなんとか立っていられたのだ。


 梅園さんも気を失うほど疲労していたけど、あれは動き回って体力を消耗したのに加えて機巧武者だったことも関係していたのかもしれない。

 機巧武者になるたびにこんな状況になっていたら、戦場では命がいくつあっても足りない気がする。


 座って息を整える。

 ゆっくり吸って、吸ったときよりも時間をかけて吐き出す。

 それを何度も何度も繰り返す。


 少しだけ気持ちが楽になったかもしれない。

 機巧武者の姿を解いた後については今後の課題だな。


 不動や翠寿との会話の中で一言も声を発しなかったのは、すでに体力の限界だったからだ。

 あそこで力を失って崩れ落ちていたら、僕に対する二人の印象は今と異なっていただろう。


 僕が情けないと思われるのは構わない。それは事実だから。

 だが、この国を救った英雄が模擬戦程度で息を切らせている姿を見せて、「なんだ、英雄というのはこの程度なのか」と思われるわけにはいかなかった。


 近いうちに再び戦いがある。

 現在のところ国力も機巧武者の数においても関谷が劣勢であるのは間違いない。

 精神力や気力だけで勝てるわけではない。ないのだが、心の支えは必要だ。

 そのときのためにも僕は英雄という役割を演じ続けなければならないのだ。

 だから僕は立っていた。

 彼らの英雄であり続けるために。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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