第29話4
文字数 956文字
葵の手が僕の背中に触れている。
ありがたくて、少しだけ顎を引いて感謝の気持ちを伝える。
葵はそっと微笑んでくれた。
ぺこりとお辞儀をして、翠寿も走り去る。
その姿が見えなくなったところで限界だった。
僕も体力の限界だった。体力というか行動力というか。
初めて機巧武者になったときと同じように全身を倦怠感が包んでいる。
ずるずると腰が落ちていく。
葵が背中を支えていてくれたから、これまではなんとか立っていられたのだ。
梅園さんも気を失うほど疲労していたけど、あれは動き回って体力を消耗したのに加えて機巧武者だったことも関係していたのかもしれない。
機巧武者になるたびにこんな状況になっていたら、戦場では命がいくつあっても足りない気がする。
座って息を整える。
ゆっくり吸って、吸ったときよりも時間をかけて吐き出す。
それを何度も何度も繰り返す。
少しだけ気持ちが楽になったかもしれない。
機巧武者の姿を解いた後については今後の課題だな。
不動や翠寿との会話の中で一言も声を発しなかったのは、すでに体力の限界だったからだ。
あそこで力を失って崩れ落ちていたら、僕に対する二人の印象は今と異なっていただろう。
僕が情けないと思われるのは構わない。それは事実だから。
だが、この国を救った英雄が模擬戦程度で息を切らせている姿を見せて、「なんだ、英雄というのはこの程度なのか」と思われるわけにはいかなかった。
近いうちに再び戦いがある。
現在のところ国力も機巧武者の数においても関谷が劣勢であるのは間違いない。
精神力や気力だけで勝てるわけではない。ないのだが、心の支えは必要だ。
そのときのためにも僕は英雄という役割を演じ続けなければならないのだ。
だから僕は立っていた。
彼らの英雄であり続けるために。