第58話2

文字数 822文字

おわ!?

 何もないところで不動が転ぶ。

 いや、何かはあった。

 不動の足に木の根が絡まっている。

ぎゃあぁ!
 不動の肩から転がり落ちた中伊さんは草むらに顔から突っ込んでいた。
なんだこりゃ!? 

くそっ、くそ! 千切れねぇぇぇ

そこで大人しくしていてくだせェ。

悪いようにはしませんから

 再び日影が不動へ向けて札をかざすと地面がうねり、地中からいくつもの太い木の根が飛び出す。

 根は転がったままの不動を絡めとってしまった。

うおおおおおおお――!

 絡みついた根が弾ける。

 しかし次から次へと根が伸びて束縛から抜け出せない。

くっそぉぉぉぉ!
まったく、これだから鬼ってやつァ。

無駄に足掻きなさんなって。悪いようにはしないと言ってるじゃァねェですかい

 人差し指と中指を伸ばした剣印を結んだ手で不動を指差しながら日影がこちらへ近づいてくる。
兄さん、あんたも動かないでくだせェ。

考えてもみてくださいや。〈護法円〉の中にいる限り人狼のお嬢ちゃんは誰よりも安全だし、鬼の兄ちゃんも暴れなければ命を取るつもりはありやせん。ここはお互いに冷静になりましょうや

 言いながら一体の機巧姫を肩に、もう一体を脇に抱えジリジリと後退する。

 剣印は不動を差したままだ。

こいつで四体目。

首尾は上々ってところですかねェ

……やはり機巧姫を買い漁っていたのはお前たちだったのか
左様で。

関谷産の機巧姫は出来がいい。こんな上物はそうそう手に入るものじゃありやせん。

最後は思わぬ手間がかかりましたが一度に二体も手に入れられたんですからよしとします。

おっと、このままお別れしましょうや。無駄な血を流す必要もねェでしょう

兄貴、そいつを絶対に逃がすな! 

くそっ、このぉぉ。なんで千切れねぇんだ!

 日影のあの仕草がブラフでなければ集中を乱すことで不動は自由を取り戻せるかもしれない。

 でも仮にそれが上手くいったとしても次の手が読めない。

 今度は命の危険がある術を使われることもある以上、下手に手を出せなかった。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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