第60話1 こんなはずでは……

文字数 523文字

こんなはずでは……
 葵の困惑が伝わってくる。
今のは足を斬り飛ばしてもおかしくなかったはずです

 腰の入っていない一撃だったとはいえ臑当の篠に遮られて本体にまで刃が届いていなかった。

 明らかに刀の切れ味が落ちている。

 考え付く理由はただ一つ。


 腰に差していた小太刀を抜いて投げつける。

おっと

 離れた場所から様子を伺っていた紅樺が上体を半回転させて小太刀を避ける。

 その手は剣印を結んでいた。

 こっそりと術を使って刀の切れ味を落としていたのだ。

はっ

 紅樺の態勢が崩れた瞬間に地面を蹴る。

 翠寿たちの動きを思い描く。

 人狼は素早い動きを得意とする。

 それは〈縮地〉に及ばないまでも驚異的な速度を持つ〈神速〉だ。

こっちに来るんですかい!?

 腰だめに構えた刀ごとぶつかる。

 速度が乗っていれば刀の切れ味が落ちていようとも関係ない。

 切っ先が胴の装甲に食い込む感覚が伝わってきた。

 そのまま体を預けて押し切る。

うおおおお!
がッ。ぐうおおォォォ……

 鍔で止まる。

 紅樺の背中からは銀色の刃が突き出していた。

まさか……こんな強引な手でくるとは……大人しそうな顔に似合わないことをしてくれるじゃァねェですかい
 紅樺の全身から力が抜けるのが貫いた刀を通じて感じられた。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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