第60話1 こんなはずでは……
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腰の入っていない一撃だったとはいえ臑当の篠に遮られて本体にまで刃が届いていなかった。
明らかに刀の切れ味が落ちている。
考え付く理由はただ一つ。
腰に差していた小太刀を抜いて投げつける。
離れた場所から様子を伺っていた紅樺が上体を半回転させて小太刀を避ける。
その手は剣印を結んでいた。
こっそりと術を使って刀の切れ味を落としていたのだ。
紅樺の態勢が崩れた瞬間に地面を蹴る。
翠寿たちの動きを思い描く。
人狼は素早い動きを得意とする。
それは〈縮地〉に及ばないまでも驚異的な速度を持つ〈神速〉だ。
腰だめに構えた刀ごとぶつかる。
速度が乗っていれば刀の切れ味が落ちていようとも関係ない。
切っ先が胴の装甲に食い込む感覚が伝わってきた。
そのまま体を預けて押し切る。
鍔で止まる。
紅樺の背中からは銀色の刃が突き出していた。