第54話4

文字数 788文字

ああ、そういえば化粧の指定が……
化粧って、あの化粧ですか?
ここにいる灰桜の君のような素のままの人形には意識がございません

 揺らめく灯りでも灰桜の木目ははっきりと見ることができる。

 僕たちの会話は聞こえていないようでピクリとも動かない。

新品の人形を購入したら、まずは化粧を施します。化粧師たちの手によって人形は外見や性格が与えられるのです。

購入したお客様は化粧師に希望を伝えます。優しい顔立ちがいいだとか、凛々しい性格の子にして欲しいだとか。

そういった意向を汲んだ化粧師の手によって人形に命が吹き込まれるのです。そちらの葵の君のように

 背後に立つ葵に視線を向けると目元がフッと緩む。その表情は人形に見えない。
化粧をされた機巧姫は自分の意志を持つようになります。主人の指示がなくとも自分で判断して行動するようになるわけです。

これが人形雛ですと立てや座れといった簡単な命令に従うぐらいなのですが

このお店の前に立っている人形のようにですか
左様です。

これが機巧姫になりますと、たとえ連れ合いがいなくともある程度は自分で考えて行動するようになります。葵の君のような神代式であれば人間と見分けがつかないでしょうね

 それはわかる。

 髪の色さえなければ葵は人間そのものだ。

ですから普通のお客様は化粧にかなり拘られます。時間をかけて理想の人形にするのです。

だというのに最低限の下地だけを整えてくれればよいとおっしゃられまして。

最初の化粧は通常ですと最低でも一週間。拘る方なら一月以上はかかるものなのですが

それだと何が問題なんですか?
せっかくの機巧姫なのに自我を持ちません。

自分で判断したり、行動したりすることも難しいでしょう

 そういうことなら化粧に拘るのもわかる。

 せっかく手に入れた機巧姫を自分の思い描く通りにできるというのに、それをしないというのだからおかしいと宇頭さんが思うのももっともだ。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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