第2話1 ビィンと弦が鳴る

文字数 706文字

 ビィンと弦が鳴る。
ちっ、浅いか

 梅園(うめぞの)景虎(かげとら)は苛立たしげに舌を鳴らす。

 澪の隣に並ぶ濃く暗い黒に近い青色をした深藍(ふかあい)縅の機巧武者が改めて矢をつがえ、放つ。

 糸を引くように敵の機巧武者に矢が吸い込まれた。

おおぉぉおおおおおおおおお!

 腹の底から声を絞り出した景虎の声に魂が奮い立つ。

 怖いなどとは言っていられない。

 澪たちの背後には守るべき幾千の民がいるのだから。

流石です
ふん、この程度は当然だ。

雨は狙いが付けにくいし、鬱陶しいが、正直に言って助かるな。

相手の動きが鈍くなっている

彼らとの交渉には苦労しましたけどね

 水蛟(みずち)の一族は澪たちとの約束を守ってくれた。

 強い力を持つ水蛟は天候すら操るという。

 そしてこの戦いが始まる数時間前から激しい雨が降り始めた。


 突然崩れた天気にうろたえる敵方に対し、関谷の兵は周到に準備を整えていた。雨が移動中の音を消してくれる。視界を悪くしてくれる。

 今は雨脚が弱くなり霧雨になっていたが、すでに足元はすっかりぬかるんでいる。

 弓を射るときは足元に気を付ける必要はあるが、今のところはその程度で澪たちの戦闘行動に大きな支障は出ていない。


 一方、敵がいる丘の麓は足場がかなり悪くなっていた。

 雨水が集まり流れを作り、この丘への道を遮る形で川のようになっている。

 その泥川を渡り切らなければ澪たちのいる陣にはたどり着けない状況だ。

 当然、渡河中は水流に足を取られて思うように動けないので弓で狙いやすい。

 数を頼みに一気に押しつぶそうという相手の策を見切り、それと気が付かれないように誘導し、この場に陣を敷くことをできたが故の状況である。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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