第5話2

文字数 874文字

 遠くには青々とした海。

 互いの高さを競い合うように連なる山々。

 陽光を照り返して緑に輝く森。

 ところどころにアクセントのように桜色の木々。

 人の手による開発が進んでいない自然の様だった。

 それでも人の営みの気配がある。

 森を切り開いた猫の額ほどの田畑。

 粗末な作りの幾棟の小屋。

 そして――


 赤い炎。

 黒い煙。

 逃げ惑う人々。

 それを追うのは鎧をまとった武者だった。


 頭の形に沿った形状の頭形兜(ずなりかぶと)に頬と顎を保護する目の下頬(めのしたぼお)。六段の(たれ)が喉を保護している。

 緑色を基調とした胸部と腹部を覆う胴鎧は前面の防御のみを意識した前懸胴(まえかけどう)揺糸(ゆらぎのいと)で三間四段の草摺(くさずり)がぶら下がる。

 両肩は木葉型の杏葉(ぎょうよう)で隙間を塞ぎ、両腕は細かな鎖によって編み込まれた籠手が包んでいる。

 下半身は太ももを守る佩楯(はいだて)は付けておらず、足元を保護する脛巾(はばき)のみ。

 背中に指物旗を差す者もおり、そこには向かい合った鳥の文様が染め上げられていた。


 鎧をまとった武者は三体。

 一見すれば槍を持つ軽装の兵士――足軽だ。

 だがその背丈が粗末とはいえ小屋よりもずっと大きければ異様であろう。


 また一人、逃げようとしていた人間が巨大な槍に貫かれる。

 はねられた首は遠くまで飛び、水っぽい音をたてて大地に転がる。

 地面に落ちた桜の花びらが紅色に染まる。


 地獄だった。


 逃げ惑う人々を追い込むように武者たちが動く。

 ひとつ、またひとつ。

 胴体を貫かれ、足をもがれ、首がはねられる。


 寄り添うような小さな人影があった。

 怯えているのか、足がすくんでいるのか。

 立ち上がることもできずに、迫る武者たちを呆然と見上げているだけだった。


 あれは敵だ。

 排除すべき対象。

 討ち果たすべき者。


 奴らの眼前めがけて急降下する。

 ズシンという地響きと共に着地した。

 衝撃波が着地点から同心円状に広がる。

 土埃が舞い上がり、木々が震え、桜の花びらが舞い散る。

 刹那、最も近い相手に向かって突進する。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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