第57話1 煙に導かれるように中伊さんが駆け出す

文字数 574文字

 煙に導かれるように中伊さんが駆け出す。

 不動と視線を交わしてから荷物を背負い直して歩き始める。

 勝負はここからだ。

 けれど澪たちからの合図はまだない。


 煙の登る場所を目指して小道にわけ入って少し行くと背の低い粗末な建物が見えてきた。

 周囲の草が刈られているのでちょっとした広場になっている。

 小屋の隣には屋根付きの炭焼窯があり、脇には大量の薪が積み上げられていた。


 小屋からは薄っすらと煙が立ち上っている。誰かがここにいるのは間違いない。

 ただかなり小さな小屋なのでここに紀美野さんが監禁されているとは思えなかった。

 それに澪たちの姿もないから監禁場所は他だと考えるべきだろう。

 小屋の扉が開いて、中から男が姿を見せると中伊さんが駆け出す。

言われた通りに機巧姫を持ってきた。

娘を、娘を返してくれ!

 中伊さんが掴みかからんばかりに迫っている相手は収まりの悪い蓬髪頭を無理矢理撫で付けた男だ。

 小袖をからげた股引姿は町で見かけたのならなんの不思議もないが、無人であるはずの村にいていいはずがない。

 おまけに腰には刀を差している。

あの人はまさか……
ああ。銭湯にいた奴だ

 間違いない。

 銭湯の二階から一緒に覗きをした人だった。

あれはなかなか鍛えてるぜ。どこぞの武士と見た
 不動の読み通りだとすれば、関谷に入り込んであれこれやっていた一味と見ていいだろう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色