第63話2

文字数 621文字

よほど慌てて出て行かれたんですね。保存食が残っていましたから拝借しました。

一応、アワブチ様の許可はいただいてはいますけど。ん、おいし

 お鍋をかき混ぜていた紀美野さんが満足そうに頷く。
どうかしら、お父さん
ずず……うん、美味い。

母さんの味だな

 隣に座った中伊さんの顔には精気が戻っていた。

 初めて出会った時と同じ、年相応で温和な父親の顔をしている。

 味見に使ったお椀を置いた中伊さんが居住まいを正してこちらを向く。

この度はありがとうございました。

娘が無事に戻ったのは貴方様のお陰です。なんとお礼を申し上げればよいか。本当に、本当にありがとうございます

私からもありがとうございました。

この御恩は一生忘れません

 そう言って二人が深々と頭を下げる。
頭を上げてくださいよ。

とにかく無事でよかったです

 そういえば澪はどこだろう。それに不動の姿も見えない。


 部屋を見渡すと隅の方に横になっている人がいた。

 その隣にはまるで見張り番でもしているように片膝を立てた紅寿が座っている。

 紅寿と視線が合ったと思ったら、すっと逸らされてしまった。

 悲しくなるのでそういう反応はやめていただけないでしょうか。

ミオさまはずっとキヨマサさまをかんびょーしてたので、ねかせてあげてください
主様の容体が落ち着くまではと、ひと時も休まずに看病をしてくださいましたから

 壁に向かって寝ていた澪が寝がえりをうつ。

 座っていた紅寿の体が瞬時に反応して顔を覗き込むけど澪は眠り続けていた。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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