第59話3

文字数 748文字

ふぅ、ふぅ、ふぅ……
主様、大丈夫ですか?

 問いかけに応える余裕もない。

 息が荒い。体が重い。

 それに心なしか視界が隅の方から暗くなっている気もする。

相手はかなりの手練れ。正面から打ち破るのは難しいでしょう

 わかっている。

 何か策がなければこのまま押し切られるだけだ。

なにより主様の命が持ちません

 なるべく早く決着をつける必要がある。

 そうでなければ死ぬ。

 死ぬのは困る。この世界でやりたいことがまだたくさんあるんだ。

いつまでそうしているつもりだ。

その手にある刀はナマクラか?

ぅぐっ
 腹部に衝撃がある。
ふんッ。

もう少しぐらい強く突いても大丈夫か

 十分に距離を取っていたはずなのに相手の槍が届いていた。

 どうしても相手の動きについていけない。

 機巧姫としては葵の方が絶対に優秀なのに。


 機巧操士の違いなのか。

 この世界の僕は筋力や敏捷性なんかも向上していると思っていたんだけど、それはただの思い込みだったのか。

大丈夫です。あの程度の攻撃なら傷すらつけられません。

ですが動きの素早さではあちらが上。勝つには相手の動きを制限する必要があります。

足を止めることができれば――勝てます

 葵が勝てると言ってくれた。

 それを信じるしかない。


 でもどうやって止める。

 動きは相手の方が一枚も二枚も上手だ。おまけに戦い慣れもしている。


 鶯色が槍を構え、余裕のある足取りで立ち位置を変えている。

 紅樺は鶯色の後方に隠れるように立ってこちらの様子を伺っていた。


 同時に二体を相手にするのは絶対に無理だ。

 まずは前面にいる鶯色を倒す。

 生け捕りをしようと手を抜いている間に勝機を掴むしかない。


 頭が上下に動かない見事な歩法で鶯色の機巧武者が動く。

 しかも槍の構えは半身だから見えている体の面積が小さく打ち込みにくく感じる。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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