第1話1 戦場は霧雨に煙っていた

文字数 824文字

 戦場は霧雨に煙っていた。

 細かな雨が視界を遮り、遠くのものは薄ぼんやりとしか認識できない。

 眼下に滲んで見える影がじりじりとにじり寄ってくる気配を感じ取る。

構え!

 この場を指揮する広幡(ひろはた)宗玄(そうげん)の掛け声に応じ、大きく伸びるように弓を持ち上げて打起す。

 胸を開きながらゆっくりと降ろしてくるように弓を引くとキリリと鋭い音がした。

 雨が(やじり)を濡らし、ぽたりぽたりと先端から雫が滴る。

放てぇ!

 引き絞られた弓から次々に矢が放たれる。

 ヒィョゥと風を切った四(メートル)を超える大矢が敵陣に居並ぶ機巧武者に次々と命中した。

オオオオオオオ――ッ!
 背後に控える兵たちの歓声があがる。
さすがは関谷(せきや)の機巧武者よ
愚か者どもめ! 数が少ないと我らを侮ったな
伊達に青の国と言われておらんわ

 といった声も聞こえてきた。


 囃し立てる声が聞こえたわけではないだろうが相手も弓を構え応射する。

 しかし矢に勢いはなく、こちらの陣まで到達することはなかった。

どうやら、あちらには強弓の使い手がいないとみえる
どうせ腰に梓の弓を張っているのだろうて
緑と赤の国など何するものぞ!

 相手を見下す笑い声があちらこちらから聞こえてきた。


 (さね)を薄く明るい青色で結び合わせた水縹(みずはなだ)(おどし)の機巧武者の中で、淡渕(あわぶち)(みお)もようやく唇を笑いの形に曲げることができた。


 緊張から口の中はカラカラで喉がひり付きそうだったが、それでも心の余裕を持つことはできている。

 過度の緊張は疲労に繋がる。

 だからそういうときは無理にでもいいから笑ったほうがいいと教えてくれたのは果たして誰だっただろうか。

続けて放てぇ!

 弓構え、打起し、引分、会、離れ、残心。


 双方の距離がある状態で少しでも相手の戦力を削っておかなければ澪たちに勝ち目はない。

 事前に打ち合わせた作戦でもこの段階で可能な限り相手を倒すことになっていた。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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