第35話4
文字数 730文字
既に窓枠を陣取っていた人物の呟きが耳に入った。
男性は風呂に入らず二階へ来たらしく服をしっかりと着こんでいる。年の頃は三十ぐらいだろうか。手入れの悪い蓬髪を無理矢理撫でつけていた。
袖口や袴の裾から見えている手足に十分な筋肉が付いているから町人ではなく武士なのかもしれない。
左手首にはカラフルな数珠のようなものをつけている。ああいうのがこの世界ではおしゃれなのだろうか。
未練がましく体を乗り出して一階を見下ろしている。
そんなに必死になってまで見たいものなのかなあ。武士だと体裁とかあるのかもしれないけど。
見られないのならわざわざ覗きに行くこともないだろう。
……別に悔しいとか残念とか思ってないからね?
外を見ると空が赤くなり始めていた。そろそろ二人も出てくる頃合いだろう。お茶を飲み終えて下に降りる。
外で道行く人たちを眺めながら待っていると暖簾をくぐって二人が出てきた。
そういえばお菓子の張り紙もあったな。次に来た時は購入しよう。何事も経験だ。
美味しそうな匂いが漂ってくる。匂いに釣られて盛大に腹の虫が鳴いた。