第60話3

文字数 463文字

〈軽身〉なら天井でも壁でも地面にいるみたいに立てるんです!

 つまり鶯色の機巧武者は槍の柄を地面に見立てているのか。


 鶯色が一歩踏み出しながらクルリと前転したと思ったら足元にあった槍が消えている。

 次の瞬間には手の内に槍が握られている。

もう容赦はせん。

くらえッ

 刀で受けようにも間に合わない。

 脳天に槍が振り下ろされた。

 槍の柄が兜に当たる。

 目に火花が散る。

 回転の勢いが加わった一撃だ。

 前立てが砕け、兜が軋むような嫌な音を立てた。

主様!

 頭部に加えられた衝撃は首から背骨を伝い両足にまで達する。

 雷に打たれたみたいで全身に力が入らない。

九十九である我が身は器でもある。

得物の出し入れなぞ自在よ

 今度は腹部に衝撃。足刀がめり込んでいた。

 わずかな時間の浮遊感の後、背中から地面に落ちる。

 そこにあった炭焼き小屋を破壊してしまう。近くに積み上げられていた薪が散らばりガラガラと音を立てていた。

がふっ。がはっ

 目の前が真っ暗だった。何も見えない。

 苦しい。呼吸ができない。

 手足が重い。もう立てそうにない。

 駄目だ。もうダメだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色