第1話3

文字数 1,053文字

くいしんぼ……
――ミオ、よくわかりませんでした。

なんと言ったのですか?

あー、ううん。なんでもないよ。

でもまだ戦は始まったばかりなんだから。

まずは目の前の敵をなんとかしないと

大丈夫です。この程度は問題ありません。

貴方は必ずやこの戦を生き延びることができますし、勝利します。

何故ならば――

 会話をしているうちに、少しずつ澪の呼吸が落ち着いてくる。
この私――水縹がいるのですから
 自信満々に言い切る連れ合いの言葉に、思わず澪の口元が綻んだ。
ありがと、水縹。

あなたって思っていた以上に自信家なのね

自信家という評価はいささか不満です。

私はありのまま、事実を口にしているだけです

 拗ねて、ぷぅっと頬を膨らませている様が見えるようでおかしかった。

 彼女は作り物であるはずなのに存外表情が豊かだ。下手をすると少し前の澪よりも。

すぅ……はぁぁぁぁ。すぅぅ……はぁぁぁぁ
落ち着きましたか?
うん、ありがと。

でもあともう少しかな

 正しく矢を放つには呼吸を整えなければいけない。

 先ほどの会話が澪の緊張をほぐすための戯れ言だったのだとようやく思い至る。

 いや、水縹ならばあれが本心であったとしてもおかしくないのだが。

 しかし結果的にとはいえ澪の気持ちが落ち着いたのだから助言であったと思うことにしておいた。

 その方がなんというか心が穏やかでいられそうだ。

すぅ……はぁぁぁ。すぅぅ……はぁぁぁ……

 再び深呼吸をして、己の気持ちを丹田に収める。

 落ち着いた。問題はない。

 そう自分に言い聞かせる。


大丈夫のようですね
うん。

次――

 再び弓をつがえる。

 初めて実戦で操る機巧武者だが、まるで自分の身体のように動く。

 水縹も澪を受け入れてくれている。大丈夫。やれている。


 視界はいつもよりかなり高くなっているためにその調整は必要だが、今のところ大きな問題はなかった。


 射る――命中。

 再び味方から歓声が上がった。

やった!
この程度で喜んでいられては困りますよ、ミオ
はいはい、いっぱい手柄を立てておいしいお魚を食べないといけないもんね
その通りです。

ミオにはたくさん活躍をしてもらうのでそのつもりでいてください

 この戦が始まる前、敵の機巧武者はこちらの五倍以上と斥候からの報告があった。

 事実、眼下にはかなりの数の機巧武者がいる。小国を攻め落とすにはいささか大げさに過ぎる数だった。


 兵法に五倍の兵力があればこれを攻めよという言葉がある。

 澪たちは簡易的な陣を丘の上に構築して迎え撃っているとはいえ、このままでは数に任せて押し切られるのは必定だった。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

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