162、ポエニ戦争(69)

文字数 1,116文字

第一次カプア包囲戦についての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
なんだ、またファビウスか。
この頃は結構活躍しています。
ファビウスはハンニバルがアプリアに向ったことを知ると、ノラとネオポリスにあった穀物を全てスエッスラの彼の野営地に運び入れた。その後守備兵を残し、軍をカプアへ向かわせた。カンパニアでは焦土作戦を実施し、カプア軍が城外に出て戦うように仕向けた。
ファビウスは常にハンニバルの動きと食糧について考えていたわけですね。
カプア軍の兵力は6,000であり騎兵は優秀であったが、歩兵は戦力として期待できなかった。このため、まずは騎兵が攻撃を開始した。リウィウスは、カプアの勇敢な騎士がローマの騎士に一騎打ちを挑んだと述べている。この決闘は決着がつかなかったが、一戦を交えた後、その騎士は城内に撤退した。
カプアにもかなりの数の兵がいたのですね。
このエピソードの後、ファビウスは軍を撤退させ、カプア人に種まきを許し、略奪も行わなかった。その後スエッスラに戻り冬営を行った。マルケッルスは適切な数の守備兵をノラに残し、同盟都市に負担をかけすぎないように残りの兵をローマにもどした。もう1人の執政官であるグラックスはその軍団をクマエからアプリアのルセラに動かし、法務官マルクス・ヴァレリウス・レヴィヌスをブリンディジウムに派遣し、マケドニアのピリッポス5世に備えさせた。
紀元前215年の終わり、ファビウスはポッツオーリに陣地を構築して守備兵を置き、その後ローマに戻った。そこで翌年の執政官に再選された。
なんだ、またファビウスが執政官に選ばれたのか。もっと積極的に攻撃する者が選ばれればいいのに・・・
ペドロ2世のような人が執政官に選ばれていたら、ローマは負けて滅びたと思います。
軍事行動の一貫性を維持するため、ファビウスとマルケッルスは2人とも執政官に再選された。また6個軍団が増設され、ローマの総兵力を合計で18個軍団とすることも決定された。
そんなにたくさんの軍団をすぐに増設できるほど、ローマには軍人がたくさんいたのですか?
この結果はカプアの市民を不安にさせ、ハンニバルの元にカプアへの帰還を要請するための使節が送られた。
カプアにしてみれば、ハンニバルと同盟を結んだ以上は守ってもらわなければ困るわけです。
ハンニバルも、ローマ軍に行動を邪魔されないよう急ぎ行動する必要があると考え、アプリからカプアを見下ろすティファタ山の野営地に移動した。ヌミディア兵とイベリア兵は野営地とカプアの防衛のために残され、残りの兵はアヴェルヌス湖に向った。ハンニバルはそこから南東4キロメートルにあるプテオリのローマ守備軍を攻撃する計画であった。
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