30、ポエニ戦争(13)

文字数 1,262文字

トレビアの戦いは紀元前218年12月18日にトレビア川で行われた。それぞれの戦力はカルタゴが歩兵30,000、騎兵10,000、戦象3に対してローマは歩兵36,000、騎兵4,000だった。
作品集のページには下の画像から入ってください。
余も参加したナバス・デ・トロサの戦いは1212年の7月16日に行われ、カトリック連合軍の戦力が50,000、ムワッヒド朝が125,000だが、カトリック連合軍の圧勝だった。
トレビアの戦いは両軍ともかなりの人数です。
12月18日早朝、ハンニバルは全軍に戦闘用意をとらせると、少数の騎兵を対岸に派遣し、ローマ軍の野営地を急襲させた。ローマ騎兵が迎撃に向かうと、カルタゴ騎兵はすぐに退却を開始した。ロングスは一挙に決戦を挑むべく全軍に野営地からの出撃を命令した。
敵の野営地を襲うというのは卑怯な方法を使っていますね。
攻撃態勢を整えたローマ軍は前進、交戦を開始した。事前の不利な条件にもかかわらず、精強なローマ歩兵はカルタゴ歩兵を相手に優勢に戦闘を進めた。しかし、両翼ではヌミディア騎兵を中心とするカルタゴ騎兵がローマ騎兵を圧倒。まもなく、カルタゴ騎兵はローマ騎兵を撃退し、ローマ軍の側面に回り込んだ。
ローマは歩兵が強く、カルタゴは騎兵が強いというわけか。
さらにこの時、林の中に潜んでいたマゴの分遣隊が出現し、ローマ軍の後方を襲撃した。包囲されたローマ軍は、圧倒的な劣勢に陥り、周辺部から損害を増加させていった。
ハンニバルはここでも卑怯な手段を使っていますね。
ロングスは突破口を探し、正面のガリア歩兵に対して戦力を集中させた。
ローマのロングスという男もさすが執政官をしているだけのことはある。
余には何が何だかさっぱりわからない。ペドロ2世よ、説明してくれ。
カルタゴ軍の中では後から加わったガリア人歩兵が1番弱いとロングスは見抜いた。だからそこを突破口にしようと戦力を集中させた。
突破口が必要なのか?
劣勢の場合は突破口を作っておかないと逃げ道がなくなる。
カルタゴ軍中央を突破したローマ軍は、そのまま撤退した。しかし、およそ半数が包囲下に取り残され、殺されるか捕虜になった。
ローマ軍は逃げるのに精いっぱいで仲間を助ける余裕はなかったのですね。
この戦闘におけるローマ軍の損害は20,000名を超えた。これに対してカルタゴ軍の損害は軽微で、大半は中央のガリア歩兵であった。
ローマ軍は全体の半分以上の犠牲を出している。
2人の執政官は、カルタゴ軍の進撃を阻止するのは不可能であると考え、北部イタリアの放棄を決定、軍を後退させた。
ああ怖ろしい。そんな怖ろしい軍隊が進撃してくるなんて。しかも象とかいう謎の巨大生物も一緒に。私はこの時代のローマに生まれなくてよかったです。
ローマの正規軍に対して正面から挑み、これを打ち破ったことによってハンニバルの名声は大いに高まった。カルタゴ軍に参加するガリア兵は増加の一途をたどり、まもなくカルタゴ軍の兵力は50,000名を超えた。ハンニバルはさらなる戦果を求めて南下した。
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