233、ポエニ戦争(88)
文字数 1,070文字
ハンニバルは急いで移動してローマそのものを攻撃し、市民に混乱を生じさせ、カプアのローマ軍が救援のために戻らざるを得ない状況を作ることを計画した。ハンニバルがこの作戦を遂行していることを知ると、フラックスは直ちにローマ元老院に手紙を書き送った。元老院は、状況の重大さを認識し、全体集会が招集された。
他方、ハンニバルはサムニウムを抜けてローマに急行し、わずか40スタディオン(7,5キロメートル)の距離に野営地を設営した。その到着は突然であり、また予想外のものであったため、このことが知られると市民は驚き動揺が広がった。ハンニバルがこのような距離にまでローマに接近したことは、過去にも無かった。また、市民の一部はカプアのローマ軍が敗北したのではないかと疑った。
しかしローマ市防衛のために新たに2個軍団を新設していたことを知ると、ハンニバルは街自体の攻略は諦め、周辺地域を襲撃し、略奪を行った。カルタゴ軍野営地には略奪した物質が積み上がった。数日後、ハンニバルはカプアに戻ることを決めた。十分な略奪を行い、またローマ自体の攻略が不可能であったのも理由であったが、最大の理由はカプアのローマ軍が包囲を解いてローマに向かうに十分な日数が経過したと信じたためであった。あるいはカプアに多少の兵を残しているかもしれないが、いずれにせよハンニバルにとって想定していた事態であった。
ハンニバルはカプアに急いだが、プルケルはカプアの包囲を解いておらず、依然としてローマの防御力は強力であった。このため、ハンニバルはカプアには戻らず、ダウニアからブルティウムに向い、陥落寸前のレギウムの攻略を続けた。ローマ人はローマ市を守り、またカプアの包囲も解かなかった。カプア包囲継続という自身の行為の重要性を確信し、大いなる決意を持ってこれを実行した。