三十九の四 サスペンデッド

文字数 2,754文字

しまった
(琥珀がわざとらしく舌を打つ。
 風圧のかたまりは俺達の横の地面に激突した。衝撃が人である横根の髪を揺らす。紫色の煙が霧散する)
黒い子犬が来るというのに、毒が飛んじゃった
(川田が向かっていることも教えてくれた)
ならば貴様が殺してこい!
ぐえ
いてえ~
(峻計の声とともに小鬼がはじかれたように落ちる。地面で腹を抱えてもだえる。
 あいつの光を浴びたな。助けに向かいたいが、守るべき優先順位は……)
ウングォー
(手長が寄ってきた。悪いけど、守るのはドーンと横根だ)
ウングォ、ウングォ
ブン!
ブン!
 おぞましい化け物がふたつの棍棒を乱雑に振りまわす。残りのふたつの手で俺をつかもうとする。右側のフェンスが大きく歪む。左側のフェンスもひしがれる。
おりゃ!
 俺は護符除けのために燃えるように熱い木札を、伸びてきた長い手に押しあてる。
ウングォ!
ウングォー!
どん!
 異形の大ザルが手を引っこめる。空に向かい怒りの吠え声をあげる。棍棒をひとつ投げ飛ばし、四つの腕で握った棍棒を俺へと突いてくる。
やってやる!
 俺は護符を握りしめた左手を、さらに右手で握りしめる。それを前へとかかげる。
パン!
 巨大な棍棒を受けとめる。俺達を押しつぶそうとする力を……、押しかえす!
(彼女達を抱えたままだと、それだけで精一杯なのに)
ザザザザ

 多足のおぞましい顔が壊れたフェンスを伝い近づいてくる。俺は木札を親指と人差し指でつまんで、多足へとかかげる。

 護符を見て、大ムカデが無数の足の動きをとめる。

ぶしゅー
(鎌首をあげて怒りだし、俺へと毒の煙を吐きだす。なんらダメージを受けない俺は、横根とドーンを抱きしめる。……お天狗さん、こいつらも守ってください)
ウング……
 手長が足もとに漂う煙を見る。ついで多足を見た。
ウングォ!!!
ヒュン!
ポトリ
 化け猿はひとつだけの目をさらに赤くして、棍棒を投げる。ぶつけられた大ムカデが地面に落ちる。
シャー
 半身をあげて、大ザルへと毒牙を向ける。
タッタッタ
ヨイショ
……。
 その隙に俺は駆ける。ベンチの上に二人を横たえる。その前に立ちはだかる。
こんな相性の悪い奴らを一緒にお送りになられて……
(あいつはなおも姿を見せない。注意力を持続させないと……。もう極限だ)
琥珀、尖兵が来たよ。お前の旧知かもしれない。そっちを見にいきな
(峻計が転がる小鬼に声をかける。

 尖兵? 旧知? 俺はなにも分からない)

ヨロヨロ

僕は十二磈じゃないから、黒羽扇を喰らってすぐに動けませんよ

(ようやく起き上がった琥珀は、役者を続ける)
仲間割れはやめましょうよ。あいつらが真似しているじゃないですか。

こんな目にあわされても盾がないなんて、僕こそ一番の北七だ!

 
(……合図かよ。

 琥珀は盾抜きで矛になろうとする。でも姿を見せない峻計にどうやって隙を作らせるのだ?

 琥珀と目があう)
座敷わらし。お前は白虎の盾のつもりかよ。あきらめて僕の盾になりやがれ。怒りんぼの峻計さんからのな。ハハハ
(俺におとりになれと言うのか。この状況で……。

琥珀は頭に血がのぼっていそうだ。でも四玉を取り戻すには、この作戦に乗るしかないのか?)

白虎の娘だけは逃がさないぞ。喰らえ!
(小鬼が横根へとスマホを向ける)
やった! フェンスに穴が開いた。
また瑞希ちゃんを抱っこしていいから、そこから逃げてよ
(桜井が上空で騒ぐ。……俺はまだ逃げられない。逃げるわけにはいかない。俺が盾となり琥珀が矛となり、奪われたあの……、大事なことを忘れていた!)
(あいつは扇を隠し持てるように、今も箱を隠し持つのかも。それでレベル11だかを喰らったら、四玉まで餃子の皮になってしまう)


桜井まだだ! 俺はまだ逃げない!

ナンデ?
四玉を壊さぬためにだ! 取り戻すまでは、、あきらめない!
…………。
(小鬼は呆気にとられていた。俺の言いたいことは伝わったようだが、やはり四玉の件を失念していたな)
あんたは平気でも、みんなは平気じゃない!
ビュン
(桜井の怒った気配が遠ざかる)

ホッ

せ、青龍が逃げやがったな

ソワソワ、ヨイショ

峻計さん。哲人は多足と手長に任せて、僕達は青龍を追い――
なにが哲人だ
ひっ
(峻計の声とともに、琥珀が宙に浮かぶ。首をつかまれて持ちあげられたかのように)
く、苦しいです。やめてください
お前が劉昇、いや思玲の犬だったとはね
(あいつの声が静かに響く。……ばれてしまった。あいつの怒りが暗渠からわき出ている)
僕の由緒を知っていますよね? 裏切るなんて、あるはずないですよ
(小鬼のフードが後ろにずれる。助けにいくべきか?
 ……リスクと比較して、そこまでの関係か? 姑息な俺は考えてしまう)
知っている。あの三人以外では私だけが教えられた。だから、どんなに疑わしくても信じざるを得なかった。

……なおさら許せない

……。
……。
ドラッグドラッグ
 峻計の怒りの声に、二匹の異形さえかたまっている。琥珀は腹のあたりでスマホをいじっている。
峻計!
 俺は駆けだす。
殺すのは二匹のでかぶつにしてください。僕をやったら楊偉天が――
 琥珀がスマホを顔の前に持ちあげる。操作を完了させようとする。
老祖師と呼べ!
あいつらは餌だ!
 
……。
 画面をあいつへと向ける前に、小鬼の前で巨大な黒い光がさく裂する。……闇を飲むほどの暗黒の光。俺は立ちどまる。
カタカタン
……。
(小鬼のスマホが地面へ落ちた音がする。琥珀は一声残して、瞬時に消されてしまった……。あいつが琥珀の消えた中空から目をそらすのが、なぜだか分かる)

(小鬼はリスクなど考えもせず、必死に俺達を守っていた。琥珀がいなければ、今だって俺達はどうなっていた? それなのに俺は見捨てようとした……。


 とばっちりだ。自分への怒りもあいつへと向けそうだ。でも俺はこらえる)

峻計……

 それでも見えないあいつをにらんでしまう。

 俺はわきあがる感情から必死に耐える。さもないと四玉ごとあいつを消滅させてしまう。

…………。
(……峻計が俺を見つめている。震える手で黒羽扇を握っている)
……。
……。
(あいつが結界を消し、姿を現す。震えながら俺をにらんでいた)
……貴様を殺せぬ
(あいつも怒りを飲みこむ)
貴様と思玲は、老祖師への生き証人になってもらう。私は一度たりとて殺されたくない

ブワサッ

(あいつが自分へと黒羽扇をかざす)

……。
……。
(帯びていたカジュアルが消え、その裸体へと黒いチャイナドレスがまとわれる。

闇を吸いこむほどに漆黒のドレス)

貴様と思玲が老祖師に殺されるのを見届ける。それが琥珀への最後の仕向けだ。


多足、手長、命乞いにいくよ

 巨大な異形達が素直に従い、あいつの背後へもそもそと動く。峻計が俺をにらみながら指を鳴らす。
パチン
 

 楊偉天の式神達が消える。





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