三十九の一 餃子の皮作戦とでも名づける?

文字数 2,772文字

 
ビク
 
…………気のせいか


では戻るとするぞ

ご武運をお祈り申し上げます
……。
遅すぎだし……
 俺の帰りを待ちかねたように、青い小鳥が肩にとまる。

ちょっと手間どってね。でも、おかげで思玲の扇ができた


(それだけしか伝えられない。小鬼はまたあいつらの陣営に戻ったから、みんなに隠さないとならない。峻計に暴かれないために……。さきほどのやり取りを思いだす――)

“機会が迫ったら、琥珀か哲人のどちらかが『北七』と告げる。その時にあらずと感じたら、『まだ』とでも答えろ”
(思玲は俺にそう教えた。たしかに聞き覚えのあるやり取りだ)
“いけそうだったら、『そうだ』とでも『北七だ』とでも言えばいい。簡単だろ?”
(この二人にそんな取り決めがあったとは)
おかえりなさい。松本君もいますよね?
当然だ
(ベンチに座った横根が思玲に尋ねる。こんな時間にこんな場所に、なんで人間がいるのだろう……。俺達のために決まっている。自分だけ人に戻って終わらせないためだ。

横根こそ、なにがあろうが守らないとならない)

“矛がなにかだと? 琥珀には波動の術があるだろ? あれを空からあいつへとぶっつける。それこそが矛だ”
(俺の問いに、思玲は簡潔に答えた)
“あの術はレベル10まである。連中にはそう話して現物も見せた。じつはレベル11がある。恐れ多くも、我が主の結界さえ破壊しかねない強烈なものだ。

その存在をあいつらは知らない”

(小鬼が得意げに言った。心の中で峻計をあざ笑っていそうだった)
“それを上空から地面に向けて喰らえば、どいつであろうと餃子の皮になるかもな”
思玲は露骨に笑っていた
ところでさ。あいつらはなんで現れないの? 夏だから、もうじき朝になるし
(街灯の上から、ドーンが思玲に声かける)
我が師傅がいるのだ。様子を探っておるのだろ。……いずれ来る
(思玲はなにもなかったかのように答える)
それよりもだ。私の髪型が変わったことを、なぜに誰も聞いてこないのだ
(小鬼にしろ思玲にしろ、たいそうな役者だ)
“盾とはなんですか?”
“矛から目をそらさせるのが盾だ。要はおとりだな。本来ならば伝令の一羽を使う手筈だったが、あの野郎逃げやがって……。

代わりに護符を持つ物の怪という適任者が現れたが”

“(適任であるはずがない!)”
“師傅は私にしてほしいようだ。一度きりの矛をどこで使うか、哲人が判断しろってことだ”
(思玲は気にいらないのを隠しているつもりだ。いつも以上に口調にとげがあった)
“思玲様から仰せつかったので、あんたに従うけどな。びびるなよ。ちびるなよ”

“(小鬼は俺への反感を隠すつもりはない。俺だって、思玲をおとりになんかできるはずがない)”

“ずいぶん前から練っていた策だ。まさか日本で披露するとは思いもしなかった”
“(思玲は成功する気でいる)”


“楊偉天からの連絡はないのか?”

“僕がつなぎ役だけどね。スマホにコンピューターウイルスを入れちゃった。おかげで楊大大老祖師様の心へと、電話もSNSもできないや。いつか駆除しないとな、ハハハ”
(この程度の作戦に嵌まるならば、峻計も楊偉天も道化だろう。成功するとは、俺にはとても思えなかった)
“急いで直せよ。楊偉天と話して相手の出方を探ったほうがいい。知ったことをなんとか俺達に伝えてくれ。あいつにだけは電話を代わるなよ”
“チッ”
“(俺の指図に、小鬼が舌をうった。主人にそっくりだ――)”
松本、なにかあったのか?
(足もとから片目の子犬が見上げる)
いや、なにか隠しているのか?
(手負いの獣は白猫なみに勘が鋭くなっている)
そんなはずないだろ。時間がたつのを心配していただけだよ


(俺も役者に加わる。でも本心だ。楊偉天達に悠長にかまえられたら、あと十数時間で人でなくなる)

俺達から打ってでるか?
犬っころに似合わぬことを申すな
(思玲が俺達へと寄ってくる)
もう抱かせないぞ。俺はペットじゃないからな

チョコチョコ

(川田が横根のもとへ逃げていく。……俺が師傅とともにいた時間、ここでなにがあったか推測する。もふもふだものな)
リクトは元気だね

ナデナデ

瑞希ちゃんまで、その呼びかたはやめてくれよ
(そう言いながらも、川田は横根に尾を向けてうずくまる……。
 こいつは人に戻っても、今の記憶がないとしても、七実ちゃんとは終わりそうな気がする)
“アポなしで部屋に来るな。……こいつは彼女。七実だ”
“はじめまして~”
(俺は彼女と会っている。背もあってきれいだけど、ぽわんとした感じの子だった。それでいて俺の第一志望だった都内の国立大生だ。彼女は一浪とはいえ、コンプレックスを感じてしまった)
ちょっと来ないでくれる? ここは私のテリトリーだし
(桜井が空にくちばしを向ける。それを無視して、ドーンが俺の頭に着地する)
一人だけ上にいても寂しいし。

それよかさー、お札を瑞希ちゃんに浄化してもらったほうがよくね?

(こいつは次なる戦いに心が向いているな。

たしかに木札は劉師傅を、つまり生身の人間を傷つけた。本来ならば穢れるに決まっている)

大丈夫だよ


(ドーンは知らないけど、俺も護符も破邪の剣の光を浴びた。お天狗さんの木札は望まずとも、戦いのための光を受けている)

来た。すごくたくさん

(ふいに桜井が肩でつぶやく)

スタッ

人だよな? なんでこんな時間に

クンクン

 川田も立ちあがり、空へと鼻を向ける。
傀儡の群れか? ……あいつの考えそうなことだな
(傀儡? ……峻計の操り人形)
新しい扇の力を試すだけだ。

川田、ぶっ倒しに行くから案内しろ。

哲人はここでみんなを守れ。残りの連中は結界に入れ

カカッ、閉じこもってブザーを聞くかよ。俺は入らないぜ。哲人となら戦えるよな

(ドーンが俺の頭で訴える。

 劉師傅との戦いにおいて、ドーンは俺の怒りを浴びてさらなる異形となった。もう、そんなことをさせたくないけど……、俺達には時間がない。それに俺もドーンとなら戦える)

和戸君も松本君も隠れたほうがいい。すごく嫌な予感がする

……。

(遠くで複数のサイレンが鳴っている。俺まで不吉な予感に襲われるけど、俺が入ると結界は割れる)
……チョコン
瑞希、結界に入れてやる
 小鳥はためらいつつも横根の肩へ飛ぶ。思玲が横根をフェンスの角へとうながす。
は、はい
我、人を守るため――

ヨロ

  
(横根と桜井が消える。思玲はよろめきつつ舞いもささげる。姿隠しの上にかけられた跳ね返しの結界……)
…パシッ

やり直す時間はない

 出来栄えに不満げな顔を見せつつも、彼女は額の汗をぬぐう。
人々にかけられた妖術をはらう
ハッハッ
(思玲が背筋を伸ばしコートからでていく。片目の子犬が舌を垂らし思玲を追い越す。……操られた無数の人間に襲われたら、俺達は人を傷つけぬように逃げまどうだけだ。傀儡の術を消す思玲の扇が、ぎり間にあった)



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