九の二 ハーフムーン前夜祭

文字数 2,873文字

……。
(あちこちから墓石を崩す音が聞こえだした)
全部倒すつもりかね
 背後からフサフサの声がした。こいつの神出鬼没に慣れてきて、もう驚きはしない。
見通しをよくするつもりかい。ジューショクがさぞ怒るだろうね
(沢山の墓石が、俺達を空を飛ぶ異形から守っている。それがなくなっても瓦礫の下で息をひそめ続けていれば……、朝になるなり無数のカラスが登場しそうだ。それより護符だろ!)


寄こせ……

 木札をくわえていなかった。
でかぶつに襲われたときに落としたみたいだね
ど、どこに落としたの?
覚えているはずないだろ。ハカバのどこかは間違いないけど――
バッサバサバサバサ
(ばかでかい羽音ともに、二列ほど向こうの墓石が軒並み崩れた。その奥にまともに立つ墓石はほとんどない。いずれあぶりだされる)
呼ばれて何度も来てやったのだから、私だけ逃げていいかい?

すばしこいこの娘なら、連れていってやるけどね

ザケンナ(ふわふわとしか動けない俺は自力で逃げろ。という意味か)
わ、私は松本君と残る!

ここからは私達だけで頑張るから、はやく逃げてください

 白猫が野良猫を顔で押す。
(ノミがうつるなんて指摘できない。横根だけでも逃がしてもらい、思玲を呼んでもらうべきだよな。でもこの猫を信じられるのか? またおとりなんかに使われたら)

……そんなこと言われるとはね。こいつは図太いから平気だと思うがね。

木札を見つければいいのだろ。ちゃんと守っておくれ

 フサフサが飛びだした。散乱する小道を駆け抜ける……。
(こいつ以外に信じる誰がいる!)
 俺も覚悟を決める。小道にでて姿を露わにする。
カラス、四神くずれはここだ!
 背後から罵声。横根もおとりになるつもりだ。
死ねや、ボケ、カス!
ウワッ(彼女と思えぬ語彙力だが、あおりすぎだろ)
食い殺す!
 空からの怒気。白猫が崩れた石の隙間にもぐる。そこへと流範が降りる。


ペシャ

フギ……
でてこい

 大カラスは石をくちばしで放り投げる。横根をむき出しにする気だ。

(俺になにができる? あがけ! 思いつけ!)

後ろに思玲がいるぞ!

ビクッ
バサバサッ……


 流範は逃げるように舞いたつ。

ヨロヨロ
横根!
はっ……ほんとの松本君かと思った

 抱きおこした俺に、うす汚れた白猫が笑みを返す。強い横根をかばいながら小道を行く。隠れられる場所を探す。


ゴウー


 背後から突風。横根を抱いたまま横に転がる。黒い影が通り過ぎる。直撃せずとも風圧にはじかれる。

う~
 頭を強く打つ……
……君、起きてよ
 弱い力が襟元を引っぱっる。妖怪のくせに脳震盪を起こしたみたいで頭で理解できない。
哲人、見つけたよ!
(野良猫の声が聞こえる。なにを見つけた……)

木札だ!

思玲、助けに来てくれたのね
(助かるかも……。目を開けないと)
わあ
 目を開けると真っ黒な巨体があった。
キョロキョロ

どこだ?

キョロキョロ

 きょろきょろとあたりを見回している。
逃げるよ
 白猫が俺の手を噛んで引きずろうとする。
いてっ

(おかげで意識が覚めた……。思玲などいない。つけ刃の機転を横根も用いて、俺も引っかかっただけだ)

ハアハア、ニャアニャア…逃げなくちゃ
隠れ場所……

ピョンピョン

こざかしいのは日本人だからか?

ピョンピョン

手を取りあっての逃避行も終点だな

 流範がぴょんぴょんと俺達の横を跳ねる。
ガンバロ、ガンバロ
……。
 隠れるところなんてない。フサフサだって今さら合流できない。終わりが近づいたと感じてしまう。
俺にも仲間はいた。あいつは置いといて……、焰暁は大酒飲みで楽しい奴だった。酒が苦手な竹林も、果汁みたいなアルコールではしゃいで俺達を笑わせた
 流範は一羽で喋る。
だが二羽とも奴らに殺された
ステン、フギャ
ワア
 横根がなにかにつまずく。巻きこまれて俺もふわりと転ぶ。
ヨイショット

もう一度、あいつらと飲みたかったな

 流範が俺達の前にくちばしを差しこみ、無理やり起きあがらせる。
ハアハア、ニャアニャア…
(……もう歩けない)


思玲がいるぞ

クルッ

よお穴熊。あいかわらずの仏頂面だな。カカカッ


辛気くさい名前をだすな。もうすこし話を聞け

……。
……。

まず焰暁がやられた。俺は遠く離れていたが感じとれた。そのあとに竹林が……。あのチビは結界をまとって飛べたのだぜ。逃げられただろうに、焰暁の野郎が死にやがって動転したのかな。

カッ

お前達だって仲間が死ぬのはつらいだろ。だから選ばせてやる。どちらが先にもだえて死ぬか、どちらが片割れの抜け殻を見るかな。

俺は四玉探しが振りだしに戻るだけだ

横根おいで
 俺は横根である白猫を抱える。服の中に隠そうとする……
 横根はひげを立てていた。
化けカラス、思玲だよ
カッ

いい加減にしろよ。何度も

フギー!
 その足もとに灰色の影が突進する。流範は動じない。後ろ爪を蹴りあげる。野良猫はその動きが分かっていたように、寸前で向きを変える。俺のもとへ転がりこむ。
 口もとから木札を落とす。
あ、ありがと……
お札まで、呼びやがった。お前を、守りたい、ようだ
(荒い息だ。どれだけ全力疾走してくれたのか)
 俺は木札を拾いあげる。
プルプル、プルプル
 ……凄まじいまでの存在感。
どいて
 野良猫をかばうため前に這いでる。流範へと木札を突きだす。

火伏せの護符? そんなものを必死に探したのか。カカッ

面と向かったところで……、たしかに力はありそうだな。だが俺に勝ると思うのか?

お前の死にざまを、猫どもに見せてやる

 流範が羽根をひろげる。じきの半月を越えて上空に消える。
木札ごとばらばらにしてやる。キジムナー、マタヤー
プルプル、プルプル
ハアハア…
その札は私のよだれでびっしょりだろ。猫の気配にまみれている
……。
だから奴はその怖さに気づけなかった
 風切り音が向かってくる。俺は木札を両手でつまみ上空にかかげる。
うわっ
 次の瞬間にはじき飛ばされる。

 発動!


給受・九天応元雷声普化天尊
ぎゃあああ
(痛くない……?)
……スゴイ
本当にやっつけちまったよ。とんでもないお札だね
 フサフサが俺の横にくる。前へと目を見開いている。そこから流範の歪んだ声が聞こえる。もうあんな光景は見たくないけど、
……。
畜生……。俺のご自慢を……
 流範は地面でもだえていた。そのくちばしは折れ曲がっていた。
キジムナーもどきめ。まだ爪がある
 流範はよろめきながらも飛びあがる。残る墓石に着地する。
サッ
 俺は木札を再び向ける。
プルプル、プルプル
ヒッ
……?
……。

 その背後に人影がふっと現れた。かまえた両手をゆったりと静止させる……。

 どのみち、このカラスはおしまいだ。

ボソッ

思玲がいるぞ

……!
チッ
 女魔道士が扇と小刀を交差させる。
 金色と銀色の光が螺旋をえがく。流範は羽根をひろげ飛びあがる。その片羽根に螺旋の光が直撃する。
ガァーアーアー……
 悲鳴が轟く。その残響の中を、流範はよたよたと飛び去る。
やった……。やったぞ
 月光が眼鏡に反射する。思玲の顔が暗闇に浮かびあがる。
……。
……。
あの大鴉の羽根を潰した。もう二度と、速き流範などと呼ばれない



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