九の二 ハーフムーン前夜祭
文字数 2,873文字
背後からフサフサの声がした。こいつの神出鬼没に慣れてきて、もう驚きはしない。
木札をくわえていなかった。
バッサバサバサバサ
白猫が野良猫を顔で押す。
フサフサが飛びだした。散乱する小道を駆け抜ける……。
俺も覚悟を決める。小道にでて姿を露わにする。
背後から罵声。横根もおとりになるつもりだ。
空からの怒気。白猫が崩れた石の隙間にもぐる。そこへと流範が降りる。
ペシャ
大カラスは石をくちばしで放り投げる。横根をむき出しにする気だ。
バサバサッ……
流範は逃げるように舞いたつ。
抱きおこした俺に、うす汚れた白猫が笑みを返す。強い横根をかばいながら小道を行く。隠れられる場所を探す。
ゴウー
背後から突風。横根を抱いたまま横に転がる。黒い影が通り過ぎる。直撃せずとも風圧にはじかれる。
頭を強く打つ……
弱い力が襟元を引っぱっる。妖怪のくせに脳震盪を起こしたみたいで頭で理解できない。
目を開けると真っ黒な巨体があった。
きょろきょろとあたりを見回している。
白猫が俺の手を噛んで引きずろうとする。
流範がぴょんぴょんと俺達の横を跳ねる。
隠れるところなんてない。フサフサだって今さら合流できない。終わりが近づいたと感じてしまう。
流範は一羽で喋る。
横根がなにかにつまずく。巻きこまれて俺もふわりと転ぶ。
流範が俺達の前にくちばしを差しこみ、無理やり起きあがらせる。
まず焰暁がやられた。俺は遠く離れていたが感じとれた。そのあとに竹林が……。あのチビは結界をまとって飛べたのだぜ。逃げられただろうに、焰暁の野郎が死にやがって動転したのかな。
カッ
お前達だって仲間が死ぬのはつらいだろ。だから選ばせてやる。どちらが先にもだえて死ぬか、どちらが片割れの抜け殻を見るかな。
俺は四玉探しが振りだしに戻るだけだ
俺は横根である白猫を抱える。服の中に隠そうとする……
横根はひげを立てていた。
その足もとに灰色の影が突進する。流範は動じない。後ろ爪を蹴りあげる。野良猫はその動きが分かっていたように、寸前で向きを変える。俺のもとへ転がりこむ。
口もとから木札を落とす。
俺は木札を拾いあげる。
……凄まじいまでの存在感。
野良猫をかばうため前に這いでる。流範へと木札を突きだす。
流範が羽根をひろげる。じきの半月を越えて上空に消える。
風切り音が向かってくる。俺は木札を両手でつまみ上空にかかげる。
次の瞬間にはじき飛ばされる。
フサフサが俺の横にくる。前へと目を見開いている。そこから流範の歪んだ声が聞こえる。もうあんな光景は見たくないけど、
流範は地面でもだえていた。そのくちばしは折れ曲がっていた。
流範はよろめきながらも飛びあがる。残る墓石に着地する。
俺は木札を再び向ける。
その背後に人影がふっと現れた。かまえた両手をゆったりと静止させる……。
どのみち、このカラスはおしまいだ。
女魔道士が扇と小刀を交差させる。
金色と銀色の光が螺旋をえがく。流範は羽根をひろげ飛びあがる。その片羽根に螺旋の光が直撃する。
悲鳴が轟く。その残響の中を、流範はよたよたと飛び去る。
月光が眼鏡に反射する。思玲の顔が暗闇に浮かびあがる。
次回「街路樹の上で」