四十四の一 ファイナルカウントアップ

文字数 3,569文字

横根、手を離せ
 俺の声はどうしても荒くなる。
え、む、無理だよ
桜井はあとまわしだ。

瑞希、剣に祈りを捧げろ

 
(思玲がうしろ手で俺へと剣を渡す)
……。
フラフラ
……恩を仇で返しおって
シャキン
 思玲は扇だけをかまえ、楊偉天達と向かいあう。
横根頼む
 俺は屈み、横根の前へ剣を差しだす。
え、うん
 
 彼女の胸もとの珊瑚が濡れたように光る。
私には守りたい人がたくさんいます。その人達は私も守ってくれます――
……。
……。
(横根は涙顔で必死に言葉に心を込める。彼女の背へと、子犬が後ろ足を引きずりながら陣どる)
素晴らしい扇だな。日本製か? 儂が授けた白露扇より性にあっているようだ
(楊偉天が流範から浮かびあがる)


横根急げ

偉大なる海の力は偉大なる人の力となり、

清らかなる海の力は清らかなる心の力となり――

ヒヒヒ
死ね
(老人が放つ赤さび色の光の下を、流範が俺達へと飛ぶ。……墓石を砕いたくちばし)
瑞希、早くしろ!
(なのに思玲は俺達を背に避けようとしない)


横根!!!

――だから、どうか穢れを消してよ!
 悲鳴のごとき祈り。
 
 
 月神の剣に重みが増した。
どいて!
ふんぬ!
ちっ

 俺は穢れが消えた剣を手に思玲を退かす。剣で風を受けとめる。

 流範の突進は大型バイクを彷彿させた。転ばぬのが精一杯だった。

流範を止めるとは……。破邪の剣に選ばれたとでもいうのか?
……。
カタン

 楊偉天は感心するけど、剣は俺の手から落ちる。……左腕がざっくりと切られていた。あふれだした血は、妖怪のくせに地面へぼたぼた落ちていく。痛みで手がしびれる。血は落ちたそばから消える……。

(はやく終わりにしないと。右手で剣を拾おうとしてよろめく)
護符がないのか。教えておけ!
(思玲が俺を抱える。
 彼女は鬼神のような面相で涙の筋が幾重にもあった――)
“画面ロックは思玲様のお顔でも解除できる。かってに登録させていただいた”

(琥珀の話を思いだす。もう一度奴らを消してやる)

 俺はポケットからスマホを取りだす。

盾になってください。あいつらを一か所にまとめてください

……?
ニヤリ
 彼女の顔にえげつない笑みがひろがる。それでこそ思玲だ。
薄焼き餅は無理でも喰らわしてやるか
ツォンジュアビン?


笑みを飲みこんだ思玲の顔に画面を向けて電源を入れる

私の顔がハートで囲まれたぞ。気色悪い

オソルオソル…

(思玲が扇と剣を両手に背を向ける。俺はおそるおそる画面を覗く。

無事に起動していたが、なんだこりゃ? それどころではない)

結界野郎、喰らえ!
フラフラ…?
(思玲が竹林へと扇を向ける。

 流範が竹林の前へと浮かぶ)

それはお前だろ


ちんちくりん、いつまでもぼっとしているな。薄くていいから姿を隠せ

ナルホド

(こいつらは残忍なくせに仲間意識だけは強いカラスだ。あとは俺が仕上げる。

 思玲の肩を引き、片腕をぶら下げて前にでる)

竹ちゃん、スマホを見たくないか?

カクレナキャ

(大カラス達に嫌味な笑いをかける。今のひとことに興味を示さなければ、こいつらだけでも吹っ飛ばしてやる。でも……)
それは琥珀のものだ。渡しなさい

(楊偉天が竹林と流範の前に現れる。厳しい顔だ)

……峻計の術を受けたな。かわいそうに
ウワッ

(楊偉天が杖をかかげる。俺の手からスマホが離れようとする。必死に握る)

返す前に、琥珀からのメッセージを教えてやるよ
 深傷でしびれる左手で画面の隅のアプリマークを押す。どくろマークの11。
ポチ
お前達は北七だってさ
 画面を奴らへと向ける。流範が楊偉天の前へと飛ぶ。
お逃げに! こいつは姑息――
ゴワアアアン
 
 
 
……。
 とてつもない衝撃波が、画面から広角に飛びでる。おもわず目をふさいでしまう。……すぐに目を開ける。楊偉天達はいなくなっていた
(角度的に餃子の皮にはなっていないが、どこか遠い空まで飛ばされただろう。桜井の説が正しければ、鏡から離れた楊偉天は消えたかも。
 電子音にスマホを見ると、英語と中国語(繁体字だ)でなにか書かれていた)
“Hong Kong Magical Road Cloud Service”

……。


(二回使用でロックしました。支払い確認後に再開します。特別使用料、計198000香港ドル

 英語を翻訳してみたが、つまりもう使えないらしい)

ぼさっとしているな。

流範はじきに戻る。別の楊偉天が来るかもしれぬ。はやく箱をだせ

!!!

(そうだった。四玉と、浄化された破邪の剣。ようやくそろった。Tシャツの中から木の箱をだす)

 
……。
…ようやくだ
(敵がいないうちに人の世界に退散しないと……。人に戻れることに現実感が湧いてこない。


 余計なことなど考えるな。こんな世界に残ることなど考えたくもない)


!!!

いよいよかよ

ズテン

(ドーンが緋色の布ごと這いでてきて、地面にずり落ちる。


 ぼろぼろだろうがみんなもいる。俺は木箱を地面に置く。まずは、この箱にかかった護りの術を消す……)

…………。
(唐突すぎてだけじゃない。今さら妖怪の感がうずく)
瑞希、こっちに来い。手をだせ
 思玲が扇をくわえ、剣を天にかざす。
月神の剣はすなわち破邪の剣。私を認めぬはずがない

 思玲のかかげた剣が輝く。

 彼女は深く息を吸い、両手で持ち直した剣を横根の手へとおろす。

…………。


たあ!

ビクッ
!!!
 寸止めされた剣の下で、横根の手が離れる。
ストン
スイスイ

モゾモゾ

 小鳥がコンクリートに落ちる。俺へと飛び、服にもぐりこむ。
また来たよ、ハハハ
うん……
おそらく白い光が瑞希に向かうから、箱はまだ開けぬ。

まず術を裂き、ふたをどかす。

それから箱を裂き怯えさせる

ジロッ

は、はい?
瑞希には最後に大仕事が待っている。


他の連中は人に戻ればふぬけになる。引っぱたいてでも安全なところに連れていけ。お前に今の記憶が残っているうちにな

……。
……。
……。
……。

(人に戻れば記憶が戻り、今の記憶は消える。人任せのタイトロープはまだ続く)

みんなで警察に行く。自衛隊だって呼んでもらう

キッパリ

 片羽根を垂らしたカラスが思玲を見あげる。

それよか、思玲はあいつらを足どめするつもりかよ?


だったら俺もぎりぎりまで付き合――、ゴホゴホ

和戸ふんばれ。人に戻れば治癒する。……剣を振りかざす女と師傅の遺体を見れば、お前でもあわてて逃げるだろうな
 思玲が笑い、
すまぬが護布を渡してくれ
……。

チラ

 

ありがとうございました

(俺は傷口を押さえながら、倒れたままの師傅の体を見る。心で手をあわせ、伝えきれるはずない感謝を伝える)
…………。
(思玲が扇を胸もとに差しこむ。

……彼女だって傷だらけだ。しかも使い魔達が苦しむほどの結界に閉じこめられていた。さらには人の身で受けた傷。痛みも跡も残る傷……)

思玲さんは師傅さんのあとを追うつもりだ

(桜井が俺にだけ伝える)

私は引きとめない。……思玲さん、ごめんなさい
(……ずっと昔のように思える。コンクリートの踊り場で、桜井が告げたこと。心も術も弱い女道士が身を挺して、俺達を助けるかもしれない――。
 でも破邪の剣は彼女の手もとにある。身を差しだす必要などない)
 思玲が剣を緋色のサテンに包む。俺に顔を向ける。
手順を言うぞ。

術が消えたら外の箱を開ける。そしたら剣を持ち、内の箱を開けるなりぶっ壊せ。怯えさせろ。

……今の川田には無理だが、今の哲人ならたやすいだろ。


人に戻っても狙われるなら、以後は魔道団を頼……やっぱり頼るな。でも若手連中ならブツブツ

(なにを言っている……。思玲がまた笑みを浮かべる)
もたもたしていると瑞希がミャーちゃんになるからな。

この剣があれば、箱を護る術を消すのは容易だ。だが魔道士除けの妖術を跳ねかえせるのは師傅だけだ。


哲人、頼んだぞ

キッ
 彼女は箱へと剣をかざす。
や、やめろ!
とお!
ピキッ
 俺の叫びなんかこいつは聞かない。剣からの光を浴びて、箱にかかった術が霧散する。
ああ……
頼むぞ!
 箱から朱色の煙が湧きたつ。彼女の体が術の煙に包まれる。思玲が剣を手放す。抗う間もなく、彼女の体が消えていく。
 
松本! 思玲はどこだ!


追うぞ! どこにいる!

思玲

(煙はまた箱へと戻っていく。次なる魔道士を待ちかまえるように)

思玲……

(横根がしゃがみこむ。うつろな目で箱を見ている。俺も同じだ。思玲が消えたあとを呆然と見ていた。

 ……違う)

先に進もう。思玲にまた怒られる
……だね
もちろん
うん
 横根が涙の飲みこみ、強い顔で俺へとうなずく。
松本……
(川田は、きかない鼻を闇へと向けていた。
 誰がいる? 思玲であるはずがない)
ふふ。愚かな思玲。老祖師のおっしゃったとおりね

マジかよ……

(あざけりの笑い声)
今の私は穴熊より弱いから、見物だけさせてもらったわ
峻計……

(俺達は悲しむことも混迷することも許されない。あいつなら、これくらい簡単に蘇るのだろう)



次回「吹きさらしの五人」

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