三十六の一 覚醒の始まり

文字数 2,012文字

 
ドロシー……

(血がうずきだした。俺のありふれた血に薄まった大蔵司の血が、なおも表にでようとしている)

梓群は私から離れるな。いつでもお前を殺せるようにね。

私があいつにやられたら、自分の首を掻き切りな

 峻計が七葉扇を胸もとにしまう。
“……。”
“……。”
“……。”
……。

(ドロシーの視線はうつろだ。さんざん見てきたから分かる。典型的な傀儡だ。

 あいつの両手に黒羽扇が現れる。……黒い邪悪な光。一度でも受ければ終わりだ)

……。
(なのに背後から人の群れ。光を避ければ、この人達に当たる)


ドロシー目を覚ませ!

タッタッタ

(叫びながら走る。木の裏に隠れる。

 あいつは護布で守られている。思玲の扇も持ち、ドロシーを人質にしている。さらに傀儡の群と対の黒羽扇。人々が俺のあとを追ってくる)

その木をへし折っても、どうせお前は逃げる。姿をさらせ。

さもないと、まずは梓群の顔をただれさせる。黒羽扇に心をこめてじっくりさすれば、永遠に醜い顔だ

(峻計は笑わない。

 姿をだせば、漆黒の光を喰らうだけだ。林だから生き延びる方法はある。ジグザクに樹間を逃げれば、黒い光を避けきれるかも。ドロシーを見捨てて――。それをさせないための人質だ)

十秒だけ待て(その間に考えないと)

サキトガの真似か。

一秒たりとも待たない

ザクザク

(傀儡達も待ってくれない。……操られた横根。操られた川田。駅ビルの屋上で……、

 あいつは劉師傅に怯え逃げたよな。

 ならば思い込もう。その師傅に俺は――

俺こそ強い!

(人々と対角線にならない側から姿をさらす)

死ね!
ズドン

だからお前を倒す!


(同時にあいつへと駆けだす。直線と見せてステップして、それでも最短の距離を駆ける)

ズドン
(あいつは対の扇を交互にふるう。当たれば即死の黒い光を、
ズドン
ズドン
…マジ?

(俺は四発避ける。

 あいつの顔に恐怖が浮かんだ)


ドロシー!

 俺はドロシーを救うふりをして、あいつの首へと両手を向ける。峻計が至近距離で黒羽扇を交差させる――。
!!!
 あいつのまわりを巡る劉師傅の護布が、俺へと移る。俺を守りだした緋色のサテンに押しとどめられ、漆黒の螺旋が目の前で破裂する。
(どちらもはじき飛ばされた。痛みがないだけ、立ちあがるのは俺のが早い)
うおおおお!

(あいつに向かい走る。サテンが洗濯機の中のように守ってくれている)

トコトコ
なんて奴だ

(ドロシーも能面のままで峻計のもとへ走りやがる。起き上がろうとするあいつへかしずきやがった)

パチン
 
 
 

(口から血を流した峻計が指を鳴らす。あいつとドロシーが消える)


峻計!

 俺は立ちどまらない。あいつは俺へと向かう。直感を信じる。
 
()
わあ
……。
我が五感は結界に閉ざされることなく、我が力は閉ざされるほどに高まる

(ドロシーの咆哮。目の前で黒水晶が粉々に砕け散る)

……。
噠!
 ついでに傀儡の術までほどきやがった。ドロシーがあいつへ印を結ぶ。
魔道具なしのが強くないか……リミッターか

(手のひらからの紅色の光を、黒羽扇ではらい落とされる。

 貴重すぎる時間稼ぎだ)


ドロシー!

ドキッ

(俺は彼女を抱き寄せる。これで緋色のサテンが二人を守る)


思玲の扇

! (はお)

 彼女の耳もとでささやく。彼女がうなずく。
峻計!
くっ
 俺はドロシーを抱えたまま、あいつへと突進する。あいつが仕掛けた護りの術が、あいつの体を攻撃する。ドロシーが俺に抱えられたまま、あいつの胸もとに手を伸ばす。
へっ
(七葉扇を奪いとる)
シュッ
(扇が円状にひろがる)
 
ゴクッ
ペロッ
(俺に抱かれながら、彼女が唇を舐める)
滅べ
 
わあわあ!

(巨大な光が飛びでる。放った本人まで巻きこまれる。ドロシーと俺は萌黄色の光に包まれる――

(師傅の布が回りながら俺達を守っていた)

死んじゃうところだったね、へへへ

(俺を見上げるドロシーは楽しそうだ。

 光が収まっていく)

……。
 対の黒羽扇を斜め十字にかざした峻計が、なおも立っていた。
フワッ
(はじき飛ばされるのを耐えた跡が、地面にふたつの線で残っている。緋色のサテンの旋回が弱まり、俺の肩にかかる)
多謝(ドーチェ)

 その布でドロシーを覆う。

 峻計が構えをほどく。

貴様も化け物か? やがては劉昇ほどか?
……。
光が凝縮されていたら、私は消えていたな

パチン

ザワッ
ザワッ
 背後から複数の気配がする。

 俺は振り向けない。

ドロシー。妖術を祓え


(こいつは人間嫌いじゃない。人間恐怖症だ。それでも彼女に頼るしかない)

……だったら、手をつないでいて
当りまえだ。ギュッ

(俺は彼女の手を強く握る)

……へへ
 彼女も力強く握りかえし、俺の目を見上げてうなずく。心がつながる。彼女は手をほどき俺へと護布をかけて、俺の背後に立つ。
(彼女は扇を亮相にかまえるだろう。峻計とにらみ合う俺は見ることなどできない。人々が倒れていく気配は感じられた)
へへっ、ようやくだせた

 背中合わせにドロシーが笑う。





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