四十三の四 陽炎の村

文字数 2,212文字

♪♪♪
(彼女が二胡から分離された術の弦を俺に向ける。張麗豪の鞭みたいに光が伸びて、俺を捕らえ彼女のもとへ運ぶ。充分に痛い)
殲、急げ。神殺に閉ざされる
クエエエエ

(俺と横根はまた結界に包まれて、翼竜の姿があらわになる……。

 神殺? なぜに楊偉天が? それよりも!)

川田とドーンが取り残される! 助けにいかないと!
 俺の言葉に、沈大姐は不愉快そうな顔を向ける。
いいか? あの鏡には貪を封じてある。

私が顔をだせば、あの老いぼれはあれを解き放つ。この国に厄災が降りそそぐ。今の世のルールも変わる

(さらに邪悪な龍が復活するというのかよ……。だとしても、)
だったら私達だけで行きます。結界を消してください
……。

(白猫が俺の腕のなかで訴える。

 大姐が値踏みするように俺達を見つめる)

なぜに、あの二人は手を組んだ? 松本を倒すためか?
 ……そんなことがありえるのか? 俺こそ知りたいが、もはや関係ない。

 俺は巻きついたままの術の光をほどく。

楊偉天は死者の書を持っている。それの導きかと思います。

でも俺達も導きを受けている

(カラスの導きだけど。俺は浮かびあがって下界を見る。赤い松明が遠のく。

 沈大姐が星を見上げる。二胡に弦をつなげる)

新月だろうと、松本は弱い。

猫もどきはもっと弱い。今風の言い方をすれば星が半分もない。松本にしろ秘めた力を使って、ようやく二個半だ

(そこまで弱くないだろ? そもそもサシトヨを倒せたのは。……行くしかないだろ)


二人合わせれば星みっつです

…コクリ
俺には独鈷杵も劉師傅の護布もある。横根には珊瑚がある。だから星は五個です
……。
(五つ星は言い過ぎだろうか。沈大姐はなおも俺達を見ていたが、

 その手に革製のちいさな巾着があらわれる)

楊を殺すと後々厄介になる。倒すのは藤川匠だけにしろ。だったら手助けはしてやる。


見返りはいただくがね

(見返りは……、川田に決まっている。認められるか!)
ビクッ コワッ


さ、珊瑚の玉を渡していいかな?


(思玲が怒りそうだ。というか俺らの所有物じゃないし)
 沈は白猫の首もとをくだらなそうに見る。

台湾の宝か。

私は強い式神が欲しいんだよ

(川田は渡さない。どうにでもなれ)
ならば、この布を

(どうせ人に戻ればもういらない。思玲が怒ろうが知ったことじゃない)

手を打ってやる

ソソクサ

両方ともすべてが終わってからでいい

ガサゴソ

(珊瑚もよこせということか。大姐が巾着に手を入れる

 その手に横笛が現れる)

これを貸す。

小天狗に渡せ。これでも吹いておとなしくさせておけ。白猫はこれを使え

 
!!!
十字羯磨(じゅうじかつま)だ。これは魔道具でない。祈りの資質に乗じて邪を祓う。結界を張り、霊気をたかめる
パクッ
(横根が金属製の大きな手裏剣みたいなものをくわえさせられる。

見れば分かる。これは法具だ。滝の独鈷杵。これと同じ類だ。大姐が何かつぶやくと、それは消える)

あの社の護符は手負いの獣にくわえさせろ。ついでに露泥無も貸してやる。

……松本のもつ法具は忿怒に呼応するが、今夜は使わざるを得ないな。


以上だ。

殲、こいつらを送りこめ

クワアアア
(大姐はいきなりだ。

 俺の怒りに呼応? さらに尋ねる間もなく、結界がまた解かれる。俺は横根をしっかり抱えて宙に浮かぶ。横笛をポケットに突っこむ)

加油(ジァヨウ)
クエエエエエ
(大姐が発した人の言葉とともに、俺達は強烈な波動に吹っ飛ばされる。真っ暗な大地と、血の色の松明が近づいてくる。『加油』は頑張れだったよな、そんなことだけ考える)
陽炎だ……
(儀式の場は神殺の結界に包まれようとしていた。俺達は意思に関係なく、開かれたままの上空から飛びこんでいく)






 

(地面に激突するまえには波動の勢いも弱まり、俺はふわりと浮かぶ。上空の陽炎はさらに高く伸び、まるでオーロラのようだ)

(おびき寄せられて閉ざされつつある。赤い光に灯された周囲を見回す。

 勾配に挟まれた空間にあばら家が五件。尾根上は縦にも左右にも広く、山道は整備されている。廃村なのに生活感を感じる。ここは獣人達のアジトか?)

(小さな広場の中心に俺達はいた。そのはずれに、舞台のように低い櫓が建つ)
鏡の導きと書の教えにより、お前が来るのは分かっていた
沈栄桂が逃げることもだ

(舞台の上に楊偉天が現れる。そして杖をかかげる。……こいつこそ諸悪の根源。

 大姐との約束など関係ない。俺の怒りがヒートアップする)

……。
川田とドーンはどこだ。すぐに返せ
 夏奈もドロシーもだ。舞台のまわりを獣人達が囲んでいる。槍や弓を持つものもいる。狼とカラス天狗だけがいない。……藤川匠はどこだ?

ヒヒヒ、東京の小さなビルを思いだせたぞ。お前達はたしかにそこにいた。

ここにいないのは、思玲と夏奈。そして昇

それと焔暁と流範
(竹林の声が上空からした)
峻計、おそいな
チビの大鴉。もう少しだけ待てよ
(楊偉天の背後に侍る影が答える)
もうそこまで来ている。俺には分かる
(やはり土壁も合流していた。そして、あいつも現れる。まだ離れているのに、あいつの怒りを感じる)
あの朝以来だな
ドクン


(背後から、さわやかな人の声が伝わる)

君がロタマモを消滅させたんだってね
……。
 俺は振りかえる。
 小柄ですこし長めの茶髪。えんじ色のTシャツにジーンズ。どこにでもいそうな同年代の若者だけど、容姿はタレント……。俺だって忘れていない。
……。
(こいつこそが)
お前が藤川匠だな



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