三十一 砂粒ほどの記憶

文字数 2,985文字

1,2,1,2……
中学に入学当初はサッカー部に所属していた。小学校時代のサッカーチームの仲間の多くは、そのままシニアチームへと進んだのに。
五年生からレギュラーだった俺も、本来ならそちらに入るに決まっていた。父親が部費の使途で指導者達ともめたおかげで、俺だけは別の道となった。

ジュニアチームの卒団式の打ち上げで生意気なことを言った俺を、「あの親父の息子が」と酔っぱらった指導者の一人が平手打ちしたのが決定的となった(お母さん達の大騒ぎにもなった)

中学のサッカー部はあまり活動的でなく、むしろすさんでいた。いじめが横行していた
夏休みには、一年生部員は四人だけになった(三年生が六人、二年生も六人)。三年生に素行の悪いのがそろい、この年のいじめはかなりひどかった。

そんな状況だったから、泊まりでいく招待試合は憂鬱だった

 ずいぶん田舎の町へと、顧問や保護者の車に乗り合わせていく。試合は初日と二日目に各一試合組まれていた。開会式直後の試合を、俺達のチームはぼろ負けする。
松本、明日は試合にだすぞ
はい


(顧問に言われる。さっそく同じ一年が二人、上級生へと注進に向かう。先輩達と同じろくでもない奴らだった。


 この年もやけに暑かった。顧問は午後の練習を中止して、自分の実家近くでのレクレーションを発案する。また車に乗り合わせる。川沿いの道を一時間も乗っただろうか、田舎を通り越して過疎地の村に着く)

 支流の河原で俺達は水遊びをする。荒れたただの河原だ。サッカー部の一団以外に人はいない。

滝には近づくなよ
顧問と保護者の一部だけが、子供たちに付き合っている。

……足が浸る程度の水遊びなんて面白くない。本流は勢いがありすぎて近づけない。ここにまだ一時間もいないとならない。

みんなじきに飽きてくる。そしてまたいじめが始まる。俺は露骨にはいじめられない。かげで嫌がらせを受けるだけだ。

ターゲットになるのはいつも、もう一人の真面目な一年生だ

踊れ
水の中で踊れ
全部脱いで踊れ
え、や、う……
保護者からは見えない死角で、いじめはエスカレートする。顧問なんかそもそも無関心だし、どうせ保護者は三年生の親だから、いじめ側の肩を持つだろう。

俺は、とばっちりを受けないように離れているだけだった

はやく脱げよ
 林でなにかしていた三年生のリーダー達が戻ってきて笑いだす。川の中で一人立つ同級生に石を投げる。下級生もあわてて石を拾いだす。
いい加減にしろ!
……。

(さすがに我慢できなかった。怒鳴ってすぐに後悔する)

松本、てめえマジで生意気なんだよ
先生の前でもまじめ君だから、明日の試合にでれてよかったな
(俺もターゲットになる)
お前も踊れ
川に入れ
服を脱げ
(俺はすべてに従わない)
一年。松本と喧嘩しろ。松本がいきなり殴ったと、証言してやっから
(三年の一人が一年二人に命じる)
も、もういやだー
(川の中にいた同級生が突如泣きだす。走りだし、捕まり浅瀬に転がされる。笑いが起きる)
喧嘩は夜にやらせるじゃん
 いじめの黒幕がガムを川に吐き捨てる。
今は松本を脱がして川に落として、そして踊らせようぜ
ふざけんな。バカ、死ね


タッタッタ…

 俺は中一らしいボキャブラリーの捨て台詞を吐いて、そのまま遊歩道を逃げだす。
(二年生を中心に追いかけてくる。なんで俺は上流に逃げた。沢沿いの山道の終点に追いつめられる。仏様らしい石像が祀られていて、その先には滝があるだけだ)
おめえ、まじめなだけで馬鹿ずら? 許してもらえんらな
(二年連中が笑う。言われなくても分かっている。だから歩道をでて、さらに逃げる。河原の石の上を跳ねて対岸へと向かう)
 滝は体育館の屋根より高そうな位置から、絶え間なく水を落としている。水しぶきをむき出しの顔や手に感じる。対岸では滝の支流ともいうべきものが、強めのシャワーみたいに岩壁から降りそそいでいた。ふもとの住職とかがここで滝行をすると、顧問が言っていた。
ピョン、ピョン

 三年生がやってきた。追いつめられた俺を見て、腹を抱えていやがる。数人が石つたいに川を越える。二年の中でも下っ端と一年だ。こいつらだけじゃ怖くない。と思ったら、三年生のいわゆる幹部クラスが渡りだした。三月まで小学生だった俺から見れば、すでに大人の図体だ。俺は急いで逃げ道を探す。

 この対岸から下流へは、巨岩が連なり進めない。上流に向かおうにも、やはり巨大な一枚岩だ……。横なら登れるかも。林に逃げて迷うぐらいなら、この川沿いから離れず逃げよう。

ヨイショ、ヨイショ…
 滝の横も絶壁となり進退きわまる。
いてっ
(笑いながら石を投げてきやがる。なにか言っているけど、滝の音で聞こえない。俺はまだあきらめない。

ここを突破したら、もう一人の一年生(おとなしすぎて正直気はあわない)を連れて、大人のところに逃げこもう。格好悪いし復讐も怖いけど、洗いざらい喋るしかない)

だから滝つぼに飛びこんだ。ここから逃げだすために。なにも知らないから
グオオオオグワアアア
ウワ…
 水中なのに轟音が響きわる。水の流れが俺をつぼの底へと押しやる。25メートルを楽勝で四往復泳げたのに、水の中でもがくだけだ。川底に押しつけられて、苦しくてさらにあがく。石みたいなものを握る。じきに意識を失う。














花園がひろがる。お婆ちゃんに会える

 とてつもなく幸せな気分だったのに。

この大馬鹿者!
わあ
 鉄槌のごとき怒声だ。楽園が消える。俺はハンマーのごとき忿怒につぶされる。
儂のお気に入りのひとつをけがしおって……
 ぺちゃんこになった俺は、すぐにもとどおりになる。

すみませんでした。……助けてくれたのですか?

(ここはどこだ?)

助けてなどいない。お前の魂が向こうに行く前に、来世で役立てるべく教えをさとすだけだ。じきじきにな
(この人は誰だ? 姿が見えない。なにも見えない)
次に生まれ変われたら、滝に飛びこむな。

それと、逃げまわらずに立ち向かえ

(俺はどうやら死んだらしいな。中一でも分かる)
……本来ならば以上だ。


お前は滝に沈んだ独鈷杵を手にした。聖大寺の和尚に奉献されたものだ。

独鈷杵?
 
握っていた……
儂の立ち入れぬ縁かもしれぬだろ?

それに、あの和尚は今の世ではまともだ。お前を現世に戻し、あの者の手柄にしてやろうと思う。

来世にまだ行けぬが、お前も若いし、もうすこしそっちにいてもいいだろ? だから和尚を恨むな

(生きかえろだと? ……今は悲しみも苦しみもないけど、それもありかも)


恨みなんかしません。ありがとうございます

たやすく礼を言うな!
わあ、また
蘇るために、お前に儂の力を砂粒ほども授けるのだぞ。

代償に、成人となれば七難八苦も授けてやるがな。それまでは安穏に過ごせ。そのときが来たら立ち向かえ。逃げまわるな。それができぬ輩なら、そもそも放っておいたからな。

それと、もう滝には飛びこむな。ガハハハハ……






 俺は、その日のうちに病室で目を覚ました。

奇跡だ
お不動様の御加護だ
 滝つぼから引きあげられて、それも法具を握って生きていたのだから、そりゃ奇跡だろう。俺だってそう思っていた。あんなやり取りなど、記憶のどこにも残っていなかったから。異界に引きずりこまれて、横根とお天狗さんの会話を聞かされるまでは。
……。
……。
……。

 砂のかけらほど授かりし力が、感情の暴発とともに正体をさらすときが来た。





次回「こんがらせいたか」

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