十六の二 弱みをさらせ
文字数 3,031文字
フワフワ
(モモンガかムササビの影が上空をよこぎる)
今回もちょっとだけ座敷わらしになったよな。あれは意識してなのか?
(ヨタカが俺の頭にとまる。誇張でなく、ずっと覗いていやがったのか)
しっしっ
(手で追いはらう)
邪険にするなよ。それに松本も変げしたほうがいい。臨機応変だ
バサバサ
(たしかに人の明かりとか心配する必要はないけど、わざわざか弱い妖怪になど……。琥珀から聞いた。楊偉天は座敷わらしである俺を恐れた)
頭に乗っていい。
代わりに教えろよ。座敷わらしの力ってなんだ。助けを求めたり、幸運を呼ぶ以外に
ストンおなじ新月系のよしみで教えてやるよ。それはハイリターンだ
キョキョキョ
一例として、人に救われたとする。すると、その倍の力をその人間に渡す。物理的な力ではないけどな
……。
(かすかに覚えている。図書館で思玲が、半月の下では劉師傅も言った。俺を胸に抱いたら心に強さが戻ったと――。その程度の力こそ、楊偉天が恐れるはずない)
(フサフサが話に割りこむ。大学そばの神社のことだよな。夕立のあとに、みんなが揃いなおした場所だ)
はあ? 意味分からないけど……。
だから、あの界隈にきわものが集まったのかな。フサフサ。あの鴉。あの野良犬
ミカヅキとツチカベだね
(さすがに俺でも分かってくる。異形はふたつの系統に分かれる。満月系とは、ドロシーが言うけだもの系。新月系とは物の怪系。四神くずれは満月系だから、みんなが力を発揮できるのは二週間も先だ。……大カラスもだろうな)
(一方で新月系は、俺に琥珀に露泥無。明日の夜、こいつらはまさに力が増大する。おそらくロタマモとサキトガも――)
峻計は両方だ。あいつは楊偉天により魔物が異形と化した。
土壁は満月だ
(野良犬は人の形となり、呼び名が少しだけ変わった)
僕からも質問したい。
日月潭で祭凱志が劉昇達に敗れて死んだ。話を聞いているか?
(反対側からもハイエナの声が返ってくる。マジで挟まれている)
僕が教えてやる。
狼はこっちの陣営を確認して、勝ちきれないと判断した。後の先、もしくは先の先を狙っている
(ヨタカは首をかしげていそうだ。
漆黒の谷底で、異形達はしばし黙りこむ)
(……そう来たか。ならば俺はケビンと一緒がいい。別れるのは露泥無だけだ)
だったら私はあんたと行くよ。
哲人とリクトは旧知だ。一緒に動きな
(さすがフサフサ。
……。
……。
それこそベストチームかも。俺は川田といるべきだ)
(組分けが決まってしまった。川田はどや顔だ。Aチームのつもりでいやがる)
(男はまたきっぱりと言い、ヨタカは俺の頭にしぶしぶ居座る)
(……この人、大事なことを忘れているよな)
ケビンさん
天珠のそばから離れると、使い魔に狙われるかも
(苦悶の魂を残して死んだアンディを思いだす。誰も天珠をもつ俺から離れるべきではない。寄こせと言われたら拒絶するけど)
(ケビンはそう言うとしゃがむ。川田に、上流と下流のどちらを目ざすべきか聞いている。やがて立ちあがる)
(俺に聞いてくる。川田のことだ。分かるはずない)
女の子二人を取りもどしてから、みんなで考えます
(畳みかけてくる)
龍に人の心を取り戻させて、四玉を怯えさせます
(これぐらいはやってやる)
もう一人は、使い魔達を倒して(こいつらだけは消す)、そいつらの主人を説得して……
(こっちの道のりが険しすぎる。しかも、あのコウモリがそろそろカウントダウンを始めそうだ)
さきほどの話だが、妖魔だからこそ関わらぬ者を無作為に殺せまい。
だが俺の心を弱めようとするかもしれない。関わってしまった仲間を惑わせるために
(ならば天珠を渡せとは言わないで欲しい。そしたら露泥無に食べさせよう)
ならば俺の話を聞け。
心の弱みはさらせば、もはや弱みでなくなる
俺の名前は黄虎剡。東莞のスラムに生まれた。父も兄も妹も屑だった。全員を捨てた母もドランカーの屑だった。俺はさらに屑だった。俺は眠った力を使って、若い屑どもの頂点にいた。人を何人か殺し殺させ、女を何人も犯し犯させた。
地獄に落ちるべき屑を、この力のためだけに魔道団は拾った。これは団員の誰もが知っていることだ。そして俺は死ぬために生き続け戦う。いつか死ぬまで、人のために戦い続ける。だから悔いない。悔いなき者を責めようがない!
(露泥無と川田も聞き入っている。フサフサは爪で爪の手入れをしている。ケビンは槍へと語りつづける)
ひとつだけ卑しいものに突かれることがある。二十三歳のとき、女が香港に来た。
見せしめの公開私刑のはずが、あの女はぼろぼろになりながらも戦い続けた。上の奴らが、俺も戦えと言った。俺は扇を持たないのにだ。さきに敗れたアンディとシノが貸そうとした。俺は断った。素手で戦おうとした。
それを見て、あの疲れはてた女は扇を地に投げた。お前だけ槍を持てと笑った。上の者にうながされ、俺達は魔道具なしで戦った。
なにも持たぬ女は印を結んだ。加減されても強烈であった。
俺は術を使うことなく、彼女を押し倒した。吐息と汗だけを感じた。
俺は女から離れた。これでは屑のときと同じだから。だから俺は槍を手に現した。彼女も扇を拾った。
あの日から、汗と吐息と押し伏した顔を思いだすたびに、俺は十四五のガキのように眠れぬ夜を過ごした。屑どもに恐れられた黄虎鬼様が。……そうだ、俺は鬼と呼ばれていた
俺は衛兵でもあった。あの女を、茶会の屑どもの背後で見ていた
あの女を信じるために、この異形どもを信じる! だから式神でもない異形を引き連れる。魔道士にありがたき行為を責めても、黄虎鬼の胸には届かない!
(男が岩のような背中を向ける。かける言葉なんてない。この男の心をとらえた思玲……)
俺には隠すべきものがない。守るべき過去がない。……俺はどこから来た?
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