三十三の四 頼るべきは

文字数 2,207文字

(半月は西の空に傾いて、民家に隠れて見えない。土曜の夜の家屋に明かりはなおも多い。

あいつらを追いはらったところで、なにひとつ進展していない。ひとつずつクリアしていかないと……)

……?
(まずは横根だ)

瑞希ちゃんは、どうしても思玲と会いたいのか? でも俺はやめるべきだと思う


桜井、それをはやく聞いてくれ

なんだか狼のときどころか、人のときよりもえらそうだし


瑞希ちゃん、親父君がはやく帰れって言ってるよ

キャイン

ちゃんとに伝えろ!

キャンキャン

キョトン
駅前の交番に行くしかなくね。大宮までの終電はとっくに終わっているし。

珊瑚の玉なんて、俺がくわえて持っていくよ

 ドーンが通用口の鉄柵から言う。

メンドクセ

和戸君がさあ――

(桜井がドーンの意見を横根に伝える。予想どおりに横根は首を横に振る)
ちゃんとお礼を言うべきだよ。みんなだって人に戻ったら思玲のことを忘れるし、誰か一人は人の姿で心を伝えるべきだよ
人に戻る直前に、みんなでお礼を言う。横根のぶんもね

ヨロシク

……。

松本君がさあ――

(人に戻るために、なにをすべきか。俺達になにができるというのか?

 やるべきことはあるよな……。俺一人で)

キーキー

もう面倒くさ!

キーキー

わあ
でかい声
ウルセーナ
…コザクラインコのキンキン声
犬を追いはらえ、結界を壊せ、瑞希ちゃんに伝えろ。みんな私任せだし。


私はどっちかというと和戸君に賛成だけど、瑞希ちゃんが行きたいのなら、みんなで連れていってあげればいいって。小鬼はまだ無傷なわけだし、はやく思玲さんも守ってあげようよ

(今は私のが強いのだから、と付け足しそうな勢いだ。

ドーンはやはり不服そうだが、俺と川田は桜井の意見に従う)

はいはい、多数決ね。で、思玲はどこよ?
隣町の公園。テニスコートとかがある一角
そこで二回ぐらい練習をしたから場所は分かる。


それならば桜井が道案内(斥候)だ。

川田は抱っこされずにしんがりになれよ。

ドーンは空からみんなを見守る

哲人はどうすんだよ
俺は劉師傅を探すよ。俺のせいで怪我をしたかもしれないから
(俺達は四玉と破邪の剣がないと人に戻れない。俺達では峻計から木箱も取りかえせない。師傅が傷ついているのなら、俺達のために助けなければならない)
一人でか?
 子犬の片側の目が光る。
師傅さん? やばくね?

どうしてもって言うなら、瑞希ちゃんを送ってから一緒に行くけど

(小鳥は不安というか不満そうだ。

 俺こそみんなと動きたいけど)

俺はターゲットではないから。危ないのは横根と桜井だ


(標的ではないけれど、峻計は俺へと怒りを燃やしている。劉師傅も俺を憎んでいるかもしれない。でも危険であればこそ……)

松本君、気をつけてね

キョロキョロ
ココダヨ
 涙目の横根がきょろきょろと俺を探す。ここだよと、俺は木札を左右に振る。
無茶すんなよ
手ぶらで戻ろうが誰も責めないからな
……じゃあ先に行くよ

スイスイ

 
……。
(みんなを見おくり一人だけ残されると急に不安になる。夜にうごめく妖怪だろうが怖くなって当然だ)
 静まりかえった駅前通りへと向かう。
(……劉師傅がすでに回復したのなら、鋼色の光が飛んできそうだ。峻計の扇も復活して、黒い光で狙われるかもしれない……)
みんなを守るためだ、みんなを守るためなんだよ
 俺は念じる。俺の妖怪としての力に働きかける。













……。

(あてもないのでアパートに立ち寄る。二階にある川田の部屋は洗濯物が干したままだ。夕立でびしょ濡れになって、今は生乾きだ。それをずらして真っ暗な部屋を覗く)

 敷いたままの布団、床に置いたままのスナック菓子の袋、俺が仮眠中に川田が遊んでいたテレビゲームのコントローラー……。たわいもない日常が、すぐに帰ってくるはずだった部屋主を待ち続けている。窓には鍵がかかってないけど、人の作ったサッシは俺には重すぎた。
……。
 部屋に入るのはあきらめて振り返る。
いい加減にしやがれ、妖怪変化め
わあ

(隣屋の塀から怒鳴り声が届く)

二度と呼べないように、のどっ首を食いちぎってやりたいね
ほっ

(野良猫のどぎつい悪態を聞けて、俺は安堵する。たしかにフサフサを呼んだのだから)

危険なことは頼まないよ。危なくなったら逃げていい
……。
 暗闇に目を光らせる大柄な野良猫に声をかける。
一緒に人間を探してもらいたい。近くにいるのなら、フサフサだったら簡単に見つけられると思う
…………。
(あてもなく劉師傅を見つけるなんて、俺には無理だ。桜井ならできるかもしれないけど、さすがにあの人の前に連れていけない。手負いの獣だかには横根を守ってもらわないと。

だとすると、そんな力がありそうなのは、生身のくせに結界を見抜き、あらゆるものと言葉を交わせる野良猫しかいない)

分かってやっているのだろ。呼ばれたら断れないのだよ

ストン

 うす汚れて毛むくじゃらの猫が路地へと飛びおりる。
付き合ってやるさ。なにかあったら、お札で守っておくれ。

そして、とっとと人に戻ってもう呼ばないでおくれ

アリガト


スイスイ

 俺も細い道へと降りる。
昨夜墓地であった人間の女性がいただろ。あれよりすごい男性がいるはずだ。一緒に探してほしい
フン
 野良猫が不愉快そうに鼻を鳴らし、了承したことを伝えてくれた。
(……空の匂いが変わる。まさに夜半をすぎたなと、妖怪である俺には分かる。深夜の極みも近づきつつある)
行くよ
 
スイスイ

 フサフサが闇へと潜る。俺はその後ろに浮かぶ。





次回「座敷わらしとやさぐれ猫」

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