二十の一 魅入られた男

文字数 2,128文字

鴉達は?
残党を探すよう頼みました。ここには現れません

(あいつは俺をにらんだまま答える。

 竹林だろうと偽装された農耕車を見つけるのは至難だろう。フサフサである女性が俺をまた強く抱く)

(川は干上がった。山のなかの閉ざされた空間。空のどよめきさえも遠い)
幾重に隠そうと、四玉はお前が持っている。思玲はお前に託すよね
(あいつは俺を見つめながら魔道士のもとへと歩む。その手を握る。

 嘘が通じる相手ではないけど)

箱は東京に置いてきた。

思玲はいなくなった! 彼女はどこにいる。返せ!

(俺は逃げ場など探さない。大カラス達だけは、なにがあろうが消し去ってやる)
ふふ。自分の腹が見えないのね
……。

(あいつは俺をさげすむように笑う。

 魔道士は俺達のやり取りを気に入らなそうだ。あいつの手を離す)

峻計。

あなたはなにを着ても美しいが、あなたの黒髪と、どんな画家にも表現できぬ眼差しは、クラシカルな服装こそがふさわしい

まあ
ゾワゾワゾワゾワゾワ…

(……こいつは魔物になにを言っているのだ? 傀儡にされたのか? などと考えていられるか!)

峻計!

(フサフサの手をはらい、護符を両手に持ち向かう)

パチン
 
チッ
 
(あいつは指を鳴らし消える。麗豪も俺に不快の目を向けながら、蜃気楼のように消える)
のろくなったね。箱に人の体はもうないのに
どうだろうか? あの術から魂だけを逃すことも理屈的には可能だ。

だとすれば、おさない姿も納得できる。玲玲ほどの資質があれば

(あいつらの声が結界に反響する。……思玲の復活を知っている)


し、思玲は、術をたかめるために少女と化した! お前達では勝てない!

真の妖術に食い殺されるとしてもか? 玲玲ではあり得るだろうか
あの子は先を考えて動くのが苦手だからな。昇に付き従ったように
(張麗豪が姿を現す。蜃気楼の術は姿を隠せる時間は短いな)
ふっ
ズン
くっ

(麗豪が俺へと鞭を振るう。しならずに、速くまっすぐな光の棒だ。護符で受けとめたのに押されてしまう)

 
(低い暗雲をいくつもの稲光が裂こうとしている。龍は興奮している)
 
この姿はいかがでしょうか? この国のこの季節にあわせてみました

(髪をアップにした紫色の浴衣姿の峻計が現れる。白地の柄はまたも胡蝶だ。麗豪は気にいらなさそうだ。)

……エキセントリックだな。

カジュアルなあなたをもう少し見ていよう。


群れたがる獣は流された。うっとうしい犬が戻ってくるまでは、あなたと二人で過ごしたい。……何年ぶりになるだろう

……。
土壁は愚直なだけ
あなたと私の邪魔はしません
……峻計
 
うわうわうわ!

(峻計の浴衣が消え、裸身にもとの服がまとわれる。二人はともに歩みより、口づけを交わす……。俺の怒りは言い得ぬ恐怖に変わる)

私は荒地だろうと地下牢だろうと、あなたを受けいれます。


まずは終わらせないと。四玉と白虎と蛮龍。すべてが揃おうとしています

(峻計が麗豪から体を離す。

 あらためて俺を見る)

箱を取りかえさないと、こいつに黒羽扇を向けられません。どうやら私は、こいつをなぶり殺すさだめのようです
箱モ壊シチャウカラ?

残念だ。私には龍の気配すら追えない。

死者の書は妨げられている。手にする者の力量が足りぬためだ。私にさえ、この書は使いこなせないかもな

 張麗豪が胸もとから古びた書物をだす。
お戯れを
(峻計の手に黒羽扇が現れる。俺へと向けやがる)
あの男が嘆きますよ。……嘆いて大陸に帰ればいいのですが
(あいつが黒羽扇を見ながら言う。どの術をだそうか思案していやがる。

 麗豪が書をめくる)

法董(ファアドン)。南京近郊に住む修行僧……


無用なことだけは記される。奴はここに来るのか?

(魔道士はさらにいた。……じきに夏奈が現れる。もしくは荒ぶる蛮龍が。時間を稼ぐべきか?)

さっきの光は絡みあっていた。思玲の螺旋を盗んだな。

扇はもうひと――

ムッ

(あいつらは俺の話など聞いていなかった)

幸いにも来ません。拳の穢れを女体で消すそうです。

私どもが、あの男とともに動くことはありません

ヒュン、ヒュン、ヒュン

 峻計が黒羽扇をさする。

 ヘドロのような黒い光がいくつも飛んでくる。

こんなもの!

(俺は護符で叩き落とし、足で蹴りかえす)

だんだんと強めていく。

箱が壊れぬよう――

いい加減にしな!
 
やっぱりあんたはカラスだ。しょせん気配を追えないのだね

ヨッコラショ

(フサフサが峻計の声をさえぎり、よっこらしょっと立ちあがる。林を指さし

あんたらはハトより寝ぼけているよ! 馬鹿でかい化け物よりもおっかないのが来ちまったよ
は?

(フサフサは怯えてもいた。

 誰もが闇を見る)

……ぎゃあああ!!!

(無数の蜂が飛んできた。結界に群がり、はじき返されている。オオスズメバチを三倍にしたほどの大きさだ)

オニスズメバチ?

厄介だな。誰が怒らせた? 貉の仕業か?

僕じゃない
(足もとで露泥無が小声で言う)
松本、A+ランクの窮地だ。

僕は大姐を呼ぶことはできる。でも今度こそリクトを差しださないとならない。どうする?

そんな選択肢はない

(俺は首を横に振る。結界にたむろする蜂達を、おじけながら見つめるだけだ。こんなおぞましいものを使える者は)

張様。ご覚悟を
(峻計さえも尻込みした声)
老祖師が来られます



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