四十二の一 元祖松本軍団

文字数 2,988文字

(あの空き地は暗闇に沈んでいた)
バサッ
ここでいいのかな?
“断言しろ”

(着地した風軍がドバト程度にしぼんでいく。ここに決まっている。忘れられるはずがない)

クンクン

松本の血の匂いがすごいな

(川田が顔をしかめる。


 クマダという名の白人の姿をした異形は車道へと向かった。狼が鼻さきを地面に寄せて歩く。にやりと振りかえる)

捕らえた
はやっ
ま、待ってよ
(言うなり走りだす。ドーンと横根が追いかける。俺も風軍を肩に乗せて追う。……いまは九時ぐらいだろうか。静かな田舎町に時計なんてどこにもない。天珠は思玲と露泥無が持っている。もはや誰とも連絡とれない)


 



 

(人間と出くわすことなく林へと入る。誰だって川田と夜道で会いたくない)
……いるね
(横根である白猫が言う。早々すぎないか。あの獣人が逃げたのは半日も前だ。なのに、とどまっているということは)
怪我してそうか?
そんな気配はないな。


しかも、そこそこ強そうな奴もいる

(奴もいるってことは、)


複数いるの?

二十体ぐらいかな

平然さらり

(琥珀め。印などバレバレで、網を張られていたじゃないか)


戻ろう

 数が多すぎる。林で風軍に乗れない。でも樹上からならば。
川田、木登りできる?
俺は猫じゃない。狼だぜ
(即答される。雅はできたのに。複数の気配が近づいた。奴らも俺達に気づいている)
どんな敵か見とかね? 傀儡だったら台湾だ
(この気配は人ではない。なのに暗闇から無数の人影がやってくる。白人の男女達。獣人だ。藤川匠の配下)
カ・アラハミ様。こいつらがコ・ムウを殺したのでしょうか?

(愚直そうな獣人の声がした)

そうじゃ。クマダにマーキングしたのもこいつらだ。こいつらのせいで、クマダを処刑せねばならなかった
(夏姿のサンタクロースみたいな白人の老人が姿をだす。気配は異形だ)
サシトヨ様。捕まえるのはどいつでしょうか?
(背後から、また獣人の声)
人の目に見えぬ、人の姿の異形だけです

俺かよ

(露出を抑えた服装の褐色の肌で長身な女性が現れる)
残りは殺しなさい。あのふたりの仇です
わらわら
わらわら
(獣人達が姿を現す。囲まれている)
バサッ
(サシトヨと呼ばれた女獣人が服を脱ぎ捨てる。黒いビキニ姿になる)
…ゴクッ
ドロシーちゃんの敵?だよね
…カカッ
横根は木の上に避難して。風軍も。ドーンも

フワフワ

 俺も浮かびあがって、川田を見おろす――。

 
(すでにいなかった。獣人達から悲鳴があがる)
人の形も食わない。俺はもうふたつ倒したぜ
(人の形をした異形の首をくわえながら、異形の狼が笑う)
ぎゃあ
ひいい
 川田の口から獣人が溶けて消える。飛びかかる獣人達を跳ねとばし、狼は闇に消える。すれ違いざまに首を裂かれた獣人が溶けていく。
これでみっつ
(闇のどこかから聞こえる。獣人達がひるみだす)
お前達は引きかえせ!


サシトヨ。あの狼を倒してこい。私は松本哲人を捕らえる

はっ
……。

(サシトヨという名の女の獣人が立ち去る。白い顎鬚をたっぷりと携えた老人の手に杖が現れる。それを掲げる。

 マジかよ)

逃げろって!

バサバサ

 肩にいる風軍を手ではらう。杖を下ろされるまえに突っこんでやる――。
きえっ!
(カ・アラハミが杖を突きだす。白色の光が飛んでくる。護布で受けとめる。

 こいつは人間ではなく異形だ。俺は天宮の護符で突く)


とお!

おっと
(受けとめられた。老人の手に青色の護布があった)

さすがはロタマモ様を滅ぼしたものだ


あの方が新月の夜を迎えていたら

わっ

(青い護布がひろがる。

 護布が俺を包んでいく。木札で切り裂こうとして弾かれる。滑らかな青い布に、緋色の護布ごと巻かれていく。締めつけられて動けない)

松本君!
(横根が駆けてきた)


お前は逃げろ!

清い守りの玉天……
(カ・アラハミが白猫へ杖を向ける)
私にも光り輝くというのか
(カ・アラハミが杖をおろす)
 
(白い光が放たれる)

ざけんな! あれ?

(俺はまとわりついた布をふりほどく。いや、ほどけない)

さっ……あれ?
(横根は光を避ける。いや、避けられない。追跡する光だ。しかも珊瑚を避けて背後から)
ひっ
ふぎゃー!
プスプス…
(白猫が光に包まれ見えなくなる。光が消え、黒焦げの猫が転がっていた)
瑞希ちゃーん!
……弱者だろうと逆らうものは
 ドーンが降りてくる。カ・アラハミが杖を向ける。
ドーン、受けとれ!
(湧きだした砂粒ほどの力を受けとれ。俺は青色の布を巻いたまま浮かびあがる。ドーンに向かった光を、その布で弾く)


これも受けとれ

ポトッ

護符か

カッ
(布から落としたお天宮さんの木札を、迦楼羅と化したカラスがキャッチする)
掲げろってか?

おお

(ドーンが手にした護符が中空で赤く輝く)
カカカ、ヤバめじゃね

バタバタ

ギコギコ

(迦楼羅が俺へと飛んでくる。青い布を切り裂く)
その布を裂けただと?
横根が先だろ!
ビクッ
…フラフラ
ドーンごめん

(怒鳴ってしまう。……焦げたままの猫がふわりと立ち上がった。とりあえず安堵する)

どうしても哲人の子分みたいになっちまうんだよな。

ボヤキボヤキ

て言うか、アロハのひげ爺は?

 
消えた?
フワッ
……。
(横根が宙に浮かんだ。その首もとをつまむカ・アラハミが姿を現す。まとう結界まで使えるのか)
貴様ら三人は人間じゃな? 仲間の命が惜しくないか

(異形の老人がほくそ笑む。

 人質だ。横根を面前への盾にして、カ・アラハミが俺達に杖を向ける)

狼も人間だ!
ガリッ
(白猫が吠えた。老人の顔におもいきり爪をかける。老人が顔をかばい、横根を放り投げる)
ストン

プルプルッ

フニッ
(横根は軽やかに着地して、体を震わす。焦げた毛が落ちて、純白の毛並みが現れる。

 俺達を見上げる)

じ、自分で自分に祈ってみたんだ。

透けてないよね。自分だと分からないから

(まったく透けていない。それよりも機会だ――)
カカッ
くっ
(ドーンのが素早い。迦楼羅は燃えるように赤い護符で、カ・アラハミに突撃する。はじき返される)
群れると強者か?
 
 

 老人の体が消える。

 俺は横根のもとに降りる。

結界だ! しかも両方。

ドーンも来い。四方を見張れ

え? え?
やばいし
(俺達は背中合わせになり(背丈はそれぞれ違うけど)、闇に目を配る。……ドロシーがいたときは、いきなり現れる光に怯える必要なかった)

キョロキョロ

瑞希ちゃん、気配は追えないの?

キョロキョロ

え、分からないよ。いるのかいないのかさえ分からない

(ならば動くべきか……。サシトヨとかいう強そうな女獣人に、川田を倒せと命じたよな。加勢に行くべきか?)

ヌッ

お前らはなにをやっているんだ?

わあ

(目のまえに黒い狼が現れて、跳ねあがってしまう)

ハッハッ

強そうな雌には逃げられた。

代わりに雑魚をふたつ倒して、ひとつ捕まえた。来るまでに溶けちまったがな

ツヨクネ?

(狼が舌を垂らしながら言う)
て言うか、結界は?

あの爺さんはいるのかよ?

分からん

キッパリ

雑魚どもは森を散り散りに逃げたがな

(手負いの獣までいたら、ボスも逃げたと決めつけよう。……獣人達を追えば藤川匠につながるかも。急がないと)


風軍!

はーい
(俺の呼びかけに、ちいさなワシが降りてくる。白猫に降りようとして、俺の肩にとまる)


あいつらを追えるかな?

僕は猛禽賊だよ。陸上の獲物を捕らえたら、二度と逃さないんだ
だったら空き地に戻ろう

タッ

 俺が真っ先に走りだす。今回の体は、意識しないと浮かんでくれない。





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