二十五の三 ラテン語の誘惑

文字数 2,828文字

……。
キキキ
……!
哲人、心を強く持て。かどわかしの言葉が来るぞ。私や仲間への讒言、お前が好く桜井のことで崩しにくる。

耐えればじきに術が解け、ドアは開く

 思玲が俺の手を握る。
『王思玲、悠長すぎるぞ。あいつは階段を見つけた』
虚言を使うな!
(思玲は言いかえすけど、嘘であろうが時間がないのに変わりない)
『たしかにあの鴉は、怒りにとらわれず冷淡かつ沈着だ。……祓いの者が脇にいれば、追いつめられた若者といえ、説き伏すのに時間を要するかもしれない』
……。
『サキトガよ。私達から依頼すべきかもしれぬ』
『……キキ、何百年も同じ本に閉じこめられた仲だ。ロタマモに任せる』
(使い魔が企みめいた言葉を交わす。フクロウが俺へとでかい目を向けなおす)
『私達から哲人君にお願いしたい。この箱に書物がしまわれている。その上にある短剣を取りだしてくれ』
……?

耄碌したか。

貴様達を封じるものを誰がどかす? おのれの身に危機が近づくなど、赤子でも分かるわ

(血の色の明かりが笑いかえすように揺れる)
『俺達はそこまで悪い魔物ではないぜ。奪った人の魂など千人ぐらいだ。封印されて島流しで済んだのが、なによりの証拠だ』
(フクロウがコウモリへと首を120度まわした)
『ここからは契約の時間だ。偽りを述べるな』
『キッ…』
『今の話は半分ほど虚言だった。これより事実しか申さない』

『キッ。梟のが賢いのだろ。かってにやってくれよ。

 あいつが来るまでをカウントダウンするかな。残り171秒から伝言してやる』

(なんだそりゃ? 予知できるのか?)
ふざけるな蝙蝠。ならばドアを開けろ
(封じられた使い魔達には見せなかった恐れが、思玲からにじみ出た)

『哲人君。私達からの見返りを教えよう』

 思玲を無視して、ロタマモの幻影がくちばしを開く。
『お前達のうちふたりを人に戻してあげよう。さらには剣が手もとに残る。つまり、あいつも追いはらえる』
……。
……。
(人に戻す? ……虚言だとしても、そんなことができるのか?)
哲人、耳を傾けるな! 人のまま、あの世に落とされるぞ
『東洋女、落ち着けよ。あと138秒』
チッ
『ロタマモ、時間はないぞ。あきらめて幻影をしまおうぜ。……次の機会は何百年後かな。それまでに審判の日を迎えそうだな』
『親愛なるサキトガよ。もうすこしだけ待ってくれ。哲人君が納得すればいいだけだ』
(ロタマモは泰然とすらしている)
『私達の望みは短剣をどかしてもらうだけ。それがなくなったとして、私達はまだいばらの鎖でがんじがらめだ。人に危害も与えられない。まして檻から逃げだせば、日の出とともに消滅する戒めを受けている。

契約の言葉だ。嘘偽りはない』

(嘘偽りだらけの虚言で妄言だとしても……)


人に戻ったとして、人のまま地獄に落ちるのか?

『それはない。契約が果たされれば、私達はいっさい関わらない。これも嘘偽りない』
(そこまで言い切れるのならば……。コウモリがフクロウへと非難めいた目を向けた)
『ロタマモ、さすがに大判振る舞いしすぎだろ。付け足せよ』
『サキトガ、最初で最後の機会かもしれないぞ』
(このやり取りが演技だとしても……、ふたりは人に戻れる。俺と桜井……。

人に戻れば記憶は消える……。仲間を見捨てたやましい記憶も)

ぱしん!
(俺の頬を思玲が叩いた)
魅入るな! お前が魔物と契りを結ぶくらいなら、お前を消して私が責任を取る
(目が覚めた。

 だとしても、人に戻れば友を見捨てた罪悪感もなくなるだろうか……。

 捉われるなよ。そうだとしても二人は人に……)
『その手の人間のやり取り、ひさびさに見たな。あと89秒~~』
 サキトガがわざとらしいあくびをする。
(桜井とだけの二人だけの時間……、駄目だ)
 俺は頬をおさえながらロタマモの幻影をにらむ。
あいつが来たら、お前達もやられるかもしれないぞ
『ホッホホ。私達は大丈夫だよ。この箱が外からの力も跳ねかえしてくれる』
(こいつのゆったりとした喋りに焦りを感じる)
残り66.6秒。キキキ

破格の条件だと思うけどな

(そうだとしても……、俺は人でなしだ。覚悟を決めろ)


以後干渉はないのだな。だったら桜井と横根を人間に戻せ!


(男三人は自力で頑張ってやる)

痴れ者め……
(俺は彼女ほど強くない。守りたい人のために、悪魔と取引する程度の人間くずれだ)
『すまぬが、桜井は除外だ』ノッペリ

(露骨な後出し。ふざけんなよ……)


だったらこの話はなしだ!

 俺の怒声に血の色の明かりがびくりと揺れる。コウモリの幻影が、ドアの向こうを透かすように見る。
『早まった。残り36秒に修正』

(こいつらはプレッシャーしか与えてこない。押し問答をする時間がない)


それなら横根を……


(桜井にも頑張ってもらおう。もう一人は……)

『術に生かされている死ぬさだめの猫をか?

 あの娘一人で二人分だ。彼女を選ぶと哲人君は人に戻れないぞ』


(横根は死ぬ運命だと? 俺の心は決まる)


それでいい。横根だけ生きて人に戻せ!

……。
『ロタマモ、こいつは変人だな。……俺からの依頼を言うぜ。簡単なものだ』
(サキトガも後付けしてきやがる)
『桜井って娘を守れ。それも契約のひとつだ』
(ふざけるな。こいつらなんかに頼まれるまでもなく、必ず守るに決まっている)
『よろしい。短剣をどかせば契約が結ばれる。急げ』
 血の光が弱まり、箱だけを照らしだす。
『ロタマモは呑気だな。あと20秒だぞ。18、17……』
私ではない。貴様が魔物と契ったのだぞ。キッパリ
……。
……こうなったのならば、お前の選んだ道をともに歩んでやる
『デッドラインまで、あと10秒』
フワフワ
 サキトガがカウントダウンをやめる。俺はふわふわと血の色に照らされた箱へと向かう。
瑞希を助けろ!
わあ

 思玲におもいきり押される。俺は空中を飛んで箱に張りつく。

『アディショナルタイムがちょっとだけあるな、キキキ』
(急げ、急げ)
 俺は箱をこじ開け……、ふたはびくともしない。……横に鍵穴が見えた。箱はかたく閉ざされていた。
ど、どうやって開けるんだ?
『知るかよ。自分で考えな。そもそもガキのお化けなどに、俺は期待してないしな。キキキッ』

 コウモリが俺を蔑むように見おろす。

……。
『ホーホー、なかなかの暇つぶしだった。弱い人間の弱い心を見るのはいつ以来かな』
 フクロウがあざ笑っている。幻影がふいに消えて、使い魔達の声だけがする。

『さあ本番だ。

 けだかき王思玲よ、お前とは契約は不要だな。守るべき者の心を知ったならば、自分の意思でソードをとりだすがいい。ホホホ』

(血の灯が燃えるように強まる。……だけど、どういう意味だよ。俺は……、俺とのやり取りは、思玲を引きこむためのただの釣り餌だったのか?)
 俺は彼女へと絶望の目を向ける。赤い灯が強すぎて、思玲の姿がよく見えない。
目論見が違ったな。こいつはおのれの身を選ばなかったぞ
 彼女は扉へと身がまえていた。
ゆえに、私は哲人とここで(つい)えてもいい



次回「ファイナルカウントダウン」

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