哲人、心を強く持て。かどわかしの言葉が来るぞ。私や仲間への讒言、お前が好く桜井のことで崩しにくる。
耐えればじきに術が解け、ドアは開く
(思玲は言いかえすけど、嘘であろうが時間がないのに変わりない)
『たしかにあの鴉は、怒りにとらわれず冷淡かつ沈着だ。……祓いの者が脇にいれば、追いつめられた若者といえ、説き伏すのに時間を要するかもしれない』
『……キキ、何百年も同じ本に閉じこめられた仲だ。ロタマモに任せる』
(使い魔が企みめいた言葉を交わす。フクロウが俺へとでかい目を向けなおす)
『私達から哲人君にお願いしたい。この箱に書物がしまわれている。その上にある短剣を取りだしてくれ』
耄碌したか。
貴様達を封じるものを誰がどかす? おのれの身に危機が近づくなど、赤子でも分かるわ
『俺達はそこまで悪い魔物ではないぜ。奪った人の魂など千人ぐらいだ。封印されて島流しで済んだのが、なによりの証拠だ』
『今の話は半分ほど虚言だった。これより事実しか申さない』
『キッ。梟のが賢いのだろ。かってにやってくれよ。
あいつが来るまでをカウントダウンするかな。残り171秒から伝言してやる』
(封じられた使い魔達には見せなかった恐れが、思玲からにじみ出た)
『お前達のうちふたりを人に戻してあげよう。さらには剣が手もとに残る。つまり、あいつも追いはらえる』
(人に戻す? ……虚言だとしても、そんなことができるのか?)
哲人、耳を傾けるな! 人のまま、あの世に落とされるぞ
『ロタマモ、時間はないぞ。あきらめて幻影をしまおうぜ。……次の機会は何百年後かな。それまでに審判の日を迎えそうだな』
『親愛なるサキトガよ。もうすこしだけ待ってくれ。哲人君が納得すればいいだけだ』
『私達の望みは短剣をどかしてもらうだけ。それがなくなったとして、私達はまだいばらの鎖でがんじがらめだ。人に危害も与えられない。まして檻から逃げだせば、日の出とともに消滅する戒めを受けている。
契約の言葉だ。嘘偽りはない』
(嘘偽りだらけの虚言で妄言だとしても……)
人に戻ったとして、人のまま地獄に落ちるのか?
『それはない。契約が果たされれば、私達はいっさい関わらない。これも嘘偽りない』
(そこまで言い切れるのならば……。コウモリがフクロウへと非難めいた目を向けた)
『ロタマモ、さすがに大判振る舞いしすぎだろ。付け足せよ』
(このやり取りが演技だとしても……、ふたりは人に戻れる。俺と桜井……。
人に戻れば記憶は消える……。仲間を見捨てたやましい記憶も)
魅入るな! お前が魔物と契りを結ぶくらいなら、お前を消して私が責任を取る
(目が覚めた。
だとしても、人に戻れば友を見捨てた罪悪感もなくなるだろうか……。
捉われるなよ。そうだとしても二人は人に……)
『その手の人間のやり取り、ひさびさに見たな。あと89秒~~』
『ホッホホ。私達は大丈夫だよ。この箱が外からの力も跳ねかえしてくれる』
(そうだとしても……、俺は人でなしだ。覚悟を決めろ)
以後干渉はないのだな。だったら桜井と横根を人間に戻せ!
(男三人は自力で頑張ってやる)
(俺は彼女ほど強くない。守りたい人のために、悪魔と取引する程度の人間くずれだ)
(露骨な後出し。ふざけんなよ……)
だったらこの話はなしだ!
俺の怒声に血の色の明かりがびくりと揺れる。コウモリの幻影が、ドアの向こうを透かすように見る。
(こいつらはプレッシャーしか与えてこない。押し問答をする時間がない)
それなら横根を……
(桜井にも頑張ってもらおう。もう一人は……)
『術に生かされている死ぬさだめの猫をか?
あの娘一人で二人分だ。彼女を選ぶと哲人君は人に戻れないぞ』
(横根は死ぬ運命だと? 俺の心は決まる)
それでいい。横根だけ生きて人に戻せ!
『ロタマモ、こいつは変人だな。……俺からの依頼を言うぜ。簡単なものだ』
(ふざけるな。こいつらなんかに頼まれるまでもなく、必ず守るに決まっている)
『ロタマモは呑気だな。あと20秒だぞ。18、17……』
……こうなったのならば、お前の選んだ道をともに歩んでやる
サキトガがカウントダウンをやめる。俺はふわふわと血の色に照らされた箱へと向かう。
思玲におもいきり押される。俺は空中を飛んで箱に張りつく。
『アディショナルタイムがちょっとだけあるな、キキキ』
俺は箱をこじ開け……、ふたはびくともしない。……横に鍵穴が見えた。箱はかたく閉ざされていた。
『知るかよ。自分で考えな。そもそもガキのお化けなどに、俺は期待してないしな。キキキッ』
『ホーホー、なかなかの暇つぶしだった。弱い人間の弱い心を見るのはいつ以来かな』
フクロウがあざ笑っている。幻影がふいに消えて、使い魔達の声だけがする。
『さあ本番だ。
けだかき王思玲よ、お前とは契約は不要だな。守るべき者の心を知ったならば、自分の意思でソードをとりだすがいい。ホホホ』
(血の灯が燃えるように強まる。……だけど、どういう意味だよ。俺は……、俺とのやり取りは、思玲を引きこむためのただの釣り餌だったのか?)
俺は彼女へと絶望の目を向ける。赤い灯が強すぎて、思玲の姿がよく見えない。
目論見が違ったな。こいつはおのれの身を選ばなかったぞ