一の三 お前を置いて帰らない

文字数 2,631文字

な、なんで? なんのため?
邪魔になるお守りがあるか調べるの
……。
さすがに引いてきた
(ドーンの顔色が変わった。『あいつはでかいだけ』と、隣町の公園で白人留学生と1オン1の勝負に切りこんだときの(つら)だ。負けはしたが)
でも見せてやる
 ドーンが立ちあがり、掲げた右足をテーブルの上に落とす(こいつの身体能力なら普通だ)。足首には色あせたミサンガが巻いてあった。三年目突入と、春休みにスーパー銭湯で自慢した奴だ。
それってお守り? 確認はするけど
 棒読み能面の桜井がそそくさと木箱を開ける。固唾を飲む前に中身が見えた。
青錆びた金属製の箱――


熱っ!

 立ちあがってしまう。
……。
 桜井が俺を凝視する。
こ、この椅子が炎天下にあったからだよ。今日も気温は体温超えだし

(さっきから熱をもつもの……)

ふーん。

せっかくだから和戸君のを調べよう。この上に足をあげて

タノシクネ
 ドーンは苦笑いで、俺の肩を支えに足を箱へとかかげる。
その紐、熱くない?
ちっとも。もう降ろしていい? 足短いから疲れるし
(俺の財布こそ焼けるほどだ…………!!!)

 尻が燃えだした!

 ドーンの手をはらい、後ろポケットから財布をだす。


やっぱりね。そんなのお守りじゃなかった
ざけんなよ!

み、みんなゲンかつぎだよ。


私のはお土産とかだけど、三つも持ち歩いている。そんなのも見たいの?

そりゃ見るし。この上にかかげて
恋愛運っぽいのもあるけど笑わないでね
……。
 女の子二人の会話を聞きながら、俺は財布の中身を確認する。コンロの上のやかんみたいなのに、なぜか手で持てる……。カード差しの中が白く光っていた。そこが沸騰している。そこにはお札を突っこんである。
瑞希ちゃん、かわいいお守りだね。

桜井、お守りがなにかだとなにかあるのか?

お守りが本物だったら、熱を帯びて持ち主の手から離れさせる。それが危ないものだったら、光を帯びて知らしめさせる
……ホントカヨ
いい加減、AIみたいな喋りをやめろ
カッ、楽しすぎだし。でも、このミサンガは想いが詰まった本物なんだよ
本物だったら立ち去ってもらうだけ。……カラス達が許さないかもしれないけどね。

でも、偽物ばかりらしいから安心して

偽物だろうと立ち去ってやるよ
ヤバクネ…

 ドーンの憤慨も聞きながしてしまう。

 俺の財布にお守りはふたつあるけど、地元の神社のものだけが白く発光していた。

 その小さな木札をおそるおそるつまむ。熱いのに熱くない。実体のない熱?
……瑞希ちゃんのもOKだ。川田君と松本君も見せて
ドキ
俺はお守りなんか持ってないが、どっちにしろこれ以上付き合えないな。お前こそ頭冷やしに帰るべきだぜ

 川田も桜井にあきれている。でも俺には分かる。桜井は違う世界に引きずりこまれたと、このお守りが教えてくれた……。


 はやく逃げだせと。

桜井はおかしくない!

これを見ろ!

 俺は逃げださず、木札をテーブルの中央に突きだす。
(彼女は台湾でなにかに憑りつかれた。そこから救うのは俺だ)
ハハ、松本君、面白い、ハハハ
なんだ、松本君のも偽物ね
へ?
 俺は指さきを見る。交通安全と刺繍された原色に金文字のお守りがあった。母親の自治会旅行のお土産だ。発光も熱もない。
じゃあ始めるね
……なにを?
みんなに渡す。


一人だけ抜けられるね

イカレタカ?
…。
テツト…ナントカシテ

 三人は誰かがやめると言いだすのを待っている。桜井は無表情無感情のまま俺を見ている。


くそっ、

俺は抜けない!

 叫んでしまう。照れ隠しみたいにお守りを財布にしまう。……木札はうっすら光りながらひそんでいた。


 学業運恋愛運、俺の願いなど叶うはずないただの小さな気休め……。だけど、これを手に入れた冬の日を思いだす。雪の中のかき分けられた長く急な石段……。

 ただのお守りであるはずない。だから持ち歩いた。

(お天狗さん守ってくれよ)
……その気概だよな
 川田が立ちあがる。ドーンの後ろを歩き、俺の肩をがしりとつかむ。川田の熱が汗ばんだTシャツごしに伝わる。
ガキの頃、俺のごく近い奴もいかがわしい宗教にはまった。人間が180度変わった。そんなの家族と知人の熱意で抜けだせる。もちろん俺も仲間だから協力する。


桜井、こっちを向け

 
 彼女の細い両肩に手を乗せる。
帰れと言われようが、お前を置いて帰らない。そしてお前は、

松本に守りたい人がいることに気づいてやれ

かー

(なんてセリフだ。俺のが赤面してしまう)

カカッ、やっぱ川田は最高

 ドーンは機嫌を戻すきっかけを待っていた。こいつも川田が好きだから、このサークルを続けている。

 つまりドーンも帰らない。

大げさだよね
え、ああ
 誰もが勘違いしている。これは生やさしいものではないと伝えるべきだ。……桜井を選んだ俺は言いだせなかった。

 東京はカラスが減ったと聞いていて実際そのとおりだった。なのに群れで騒がしく飛んでくる。俺達の頭上を越えて、さきほどまでいた図書館に降りていく。


 桜井が川田の手をはらう。

始めよ。誰が必要とされるかは玉が決めると思う――

うっ

 彼女が再び箱に手を伸ばす。目を見ひらき、なにかに押されたかのようにうつ伏す。
……。
 向かいに立っている俺からは、桜井の向こうに女性が見えた。こちらへと片手を伸ばし、もう片方の手を斜め上へ曲線を描くようにかかげている……。その振る舞いは、高校の修学旅行で見た京劇の亮相(リィアンシァン)のようだ。
ナンナノモウ

夏奈ちゃん、大丈夫?

……はっ

私なにしてたっけ?

(桜井の言葉に感情が戻った!)

そっか、みんなにプレゼントだった。みんなラッキーだね!


で、これが四玉

 もったいぶることもなく、青銅色の箱を開ける。
あっ
 同時に白目をむく。
……。
 さきほどの女性がまた中国風の見得をきっていた。手にしたなにかを俺達へと突きつけている。
桜井!

……?

 箱の中では、黄色い布の上で四個の玉が光っていた。ゴルフボールより若干小さいぐらいだ。黒、白、赤、そして青色に輝いている。
うわ!
 黒い光が俺へと飛んできた。光は目の前ではじかれたようにV字に曲がる。
うお!
きゃあ
わああ
……。ギュッ

手の中の木札がさらに熱を帯びたが、かまわず強く握りしめ……











 …………えーと。


 中学三年生の二月二十二日は、明け方までの大雪で町は白く輝いていたよな。生まれ育った地区のお祭りが、毎年この日におこなわれるから覚えている。山奥の無人の小さな神社同様に、お天狗さんとだけ呼ばれる小さな祭り。

 あの日は……。





次回「木札を握っていた」

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