四十八の三 なおも稲光
文字数 2,048文字
(姿をさらした貪が結界に体当たりする。陽炎が揺らめくだけだ。……全員が閉ざされた。だけど俺達にはドロシーがいる。夏奈もいる。この二人は破壊実績がある)
(貪がやけくそのように黒い炎を地に吐く。風軍ははじき返す。横根の結界は大鷹さえも包みこんだ)
(川田が風軍に飛び乗る。横根が続く。思玲を乗せた雅も背に乗る)
ごめん
(ドロシーが俺の手を引く。その手から逃れる)
わあ
(夏奈が俺を頭へと投げる。しがみつく。深夜の極みが近づいて、虚弱な妖怪の残りかすさえ蘇る。龍を包みこむ)
今までのこと、みんな伝わったよ。……たくみ君を許してあげてね
俺はうなずけないまま、強い光に意識を外へと戻される――
(風軍の上で、再びドロシーが七葉扇を振るった。 巨大な光が闇の龍へと向かう)
(目をやられた貪が中空でのたうつ。神殺の結界を尾で叩き炎をまき散らす。風軍はとても近寄れない)
(七葉扇からの光が横根の結界を貫く。墨色と萌黄色の混ざった残酷な光。貪が苦悶する)
(川田は巨大な龍に飛びかかろうとして結界にはじかれる。羽毛の上を転がる)
(横根は従わない。風軍が旋回する。すれ違いざま、思玲が俺をにらむ)
こっちへ来いと言いたげだ。
またあふれだした光に、貪が背を向ける。
この光、私にも邪魔なんだけど
グチグチ
松本君の彼女だから仕方ないけどね
ここで言うのかよ。俺の心のどのあたりまで夏奈に伝わった?
(本心から言う。なのに夏奈は貪に近づかない。俺は長距離から独鈷杵を投げる。巨体だから当たるけど、貪の鱗が硬いことを知れただけだ)
ゲヒゲヒ白猫と手負いの獣も気づいたか。
お前は青龍に乗る。分かっていた
(俺もようやく気づく。あいつは貪から逃げたわけじゃない。機会を待っていた)
(回復した土壁を侍らして、はるか下に峻計がいた。
あいつが両手の黒羽扇を上空にかかげる。……この図体だから夏奈は大丈夫。みんなは結界に守られている。俺以外は)
(雷術を受けて、夏奈の鱗から手が滑る。風軍を包む結界が復活するのを落ちながら見る。夏奈が俺を受けとめようとして、貪に邪魔されるのも見えた)
(俺は地面に激突する。いまは妖怪だから、これぐらいでは意識は飛ばない。でも電撃で体がしびれて動かない。ドロシーのパパの服も黒焦げだ。
新月の夜の極み近くだ。はやく回復しろ……)
(俺が空で手放した剣が、なおも横たわる藤川匠の前に刺さるのが見えた。
目のつぶれた藤川に意識が戻る。破邪の剣へと手を伸ばす。刃を握る手から血がしたたる)
貪よ、あなたの遊びの邪魔はしない。
だが、この二人だけは私に始末させろ
くそっ
(稜線下から現れた土壁が俺へと寄ってくる。その隻腕に人の手をした槍が現れる)
(土壁はスエイして避ける。軽く蹴りを入れられて、思玲は俺の横まで転がる)
チビ、のろいくせに声までだすな。
ははっ
もっと落ちてくるかな
その空では、峻計の再びの雷術。夏奈はもがいている。風軍は陽炎の中を旋回する。ドロシーが闇雲に光を放つ。貪が地面を見る。
峻計。俺様もしびれているのだがな。
充分に邪魔だぜ。見せしめだ。お前の大事なものを心に浮かべろ
峻計さん、堪忍してくれよ。俺達二人で楽しくやろうじゃないか
案ずるな。お前は浮かばなかった。
私はこうも思い浮かべたよね。あいつを殺したら、貴様をいずれ殺すとな
峻計が空をにらむ。 貪は気にもしない。地上すべてを蔑むように笑う。
楊偉天はなおも生きていた。
貪……。竹林は救ってくれ。
鏡の破片よ、あの子が人であった名前を教えてやれ。刻んだもうひとつの名も
(鏡が答える。務めを果たしかのように、小雨に輝く神殺の破片が消えていく)
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