四十八の三 なおも稲光

文字数 2,048文字

倭奴(ヲーヌー)
(姿をさらした貪が結界に体当たりする。陽炎が揺らめくだけだ。……全員が閉ざされた。だけど俺達にはドロシーがいる。夏奈もいる。この二人は破壊実績がある)
ドロシーちゃん、お帰り。僕も戦うの?
 風軍の巨大な翼が畳まれる。
まだだよ
俺様を封ずるつもりか
すげー!!!
(貪がやけくそのように黒い炎を地に吐く。風軍ははじき返す。横根の結界は大鷹さえも包みこんだ)
松本、でっかい狩りだぜ
一人じゃだめだよ
勝てると思え。だが無理をするな

(川田が風軍に飛び乗る。横根が続く。思玲を乗せた雅も背に乗る)

哲人さん、行こう

ごめん

(ドロシーが俺の手を引く。その手から逃れる)

え?
ドロシーちゃん落ちちゃうよ
 みんなを乗せた風軍が飛び立つ。

 俺は龍を呼ぶ。

夏奈! 一緒に戦おう
舐めるな!
危ない!
熱すぎだしハゲ。


早く乗って

わあ

(夏奈が俺を頭へと投げる。しがみつく。深夜の極みが近づいて、虚弱な妖怪の残りかすさえ蘇る。龍を包みこむ)

 心と心がつながる。
松本君だ……
久しぶりに見る夏奈の笑みはさみしげだった
今までのこと、みんな伝わったよ。……たくみ君を許してあげてね
……。
俺はうなずけないまま、強い光に意識を外へと戻される――
灯せ
(風軍の上で、再びドロシーが七葉扇を振るった。 巨大な光が闇の龍へと向かう)
この光はなんなんだ!
(目をやられた貪が中空でのたうつ。神殺の結界を尾で叩き炎をまき散らす。風軍はとても近寄れない)
滅ぼせ
(七葉扇からの光が横根の結界を貫く。墨色と萌黄色の混ざった残酷な光。貪が苦悶する)
姉ちゃん、強くなったな。俺だって


ドン!

(川田は巨大な龍に飛びかかろうとして結界にはじかれる。羽毛の上を転がる)
瑞希、こいつを消せ。戦わせろ
ダメだよ、真っ先に狙われる
(横根は従わない。風軍が旋回する。すれ違いざま、思玲が俺をにらむ)
チームより女を選びやがって

 こっちへ来いと言いたげだ。

 またあふれだした光に、貪が背を向ける。

 
 

この光、私にも邪魔なんだけど

グチグチ

松本君の彼女だから仕方ないけどね

ここで言うのかよ。俺の心のどのあたりまで夏奈に伝わった?
本気で戦えよ
(本心から言う。なのに夏奈は貪に近づかない。俺は長距離から独鈷杵を投げる。巨体だから当たるけど、貪の鱗が硬いことを知れただけだ)
グオオオ

グワアア

グヒイイ

……。

……。

……違和感

あの龍こそ本気ださねーし

そんな気がしてきた

(夏奈が不吉なことを言う)
……逃げるべきかも
(青龍の感だ)
松本君、下!
松本、あいつだ!
ゲヒゲヒ

白猫と手負いの獣も気づいたか。

お前は青龍に乗る。分かっていた

(薄目を開けた貪が俺を笑う)
あの鴉もな
(俺もようやく気づく。あいつは貪から逃げたわけじゃない。機会を待っていた)
ハハハ
無様に落ちな

(回復した土壁を侍らして、はるか下に峻計がいた。

 あいつが両手の黒羽扇を上空にかかげる。……この図体だから夏奈は大丈夫。みんなは結界に守られている。俺以外は)

(体を貫く轟音と衝撃)
松本君!
(雷術を受けて、夏奈の鱗から手が滑る。風軍を包む結界が復活するのを落ちながら見る。夏奈が俺を受けとめようとして、貪に邪魔されるのも見えた)
哲人さん!

(俺は地面に激突する。いまは妖怪だから、これぐらいでは意識は飛ばない。でも電撃で体がしびれて動かない。ドロシーのパパの服も黒焦げだ。

 新月の夜の極み近くだ。はやく回復しろ……)

……!

(俺が空で手放した剣が、なおも横たわる藤川匠の前に刺さるのが見えた。

 目のつぶれた藤川に意識が戻る。破邪の剣へと手を伸ばす。刃を握る手から血がしたたる)

……ほお
貪よ、あなたの遊びの邪魔はしない。

だが、この二人だけは私に始末させろ

はは、俺がやってやるさ
ぼわっ

くそっ

(稜線下から現れた土壁が俺へと寄ってくる。その隻腕に人の手をした槍が現れる)
ふざけんな!
(空から女の子が降ってきた。金色に輝く護符を、
おっと

(土壁はスエイして避ける。軽く蹴りを入れられて、思玲は俺の横まで転がる)

チビ、のろいくせに声までだすな。

ははっ

もっと落ちてくるかな

 土壁が空へと笑う。

哲人さん!


灯れ! 灯れ!

 その空では、峻計の再びの雷術。夏奈はもがいている。風軍は陽炎の中を旋回する。ドロシーが闇雲に光を放つ。貪が地面を見る。
峻計。俺様もしびれているのだがな。


充分に邪魔だぜ。見せしめだ。お前の大事なものを心に浮かべろ

な……
(貪の声は空鳴りだ。

 土壁が峻計へと振りかえる)

峻計さん、堪忍してくれよ。俺達二人で楽しくやろうじゃないか

案ずるな。お前は浮かばなかった。

私はこうも思い浮かべたよね。あいつを殺したら、貴様をいずれ殺すとな

ゲヒゲヒ
 峻計が空をにらむ。

 貪は気にもしない。地上すべてを蔑むように笑う。


 楊偉天はなおも生きていた。

貪……。竹林は救ってくれ。


鏡の破片よ、あの子が人であった名前を教えてやれ。刻んだもうひとつの名も

黄品雨。そして楊聡民(ヤンツォンミン)
(鏡が答える。務めを果たしかのように、小雨に輝く神殺の破片が消えていく)



次回「月神の剣」

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