五十二の一 六人の魂が詰まっていた

文字数 3,187文字

じろじろ見るな。術を喰らわすぞ
(……思玲は大きくなっていた。そうは言っても十五六ぐらいだろうか)
見た目もサイズもかわいいブラだな
(彼女はドロシーの衣服にすばやく着替える。すでにバストがきついと笑う)
ぼさっとしているな
(淡いピンクのパジャマ姿の思玲に怒られる)
あの蛇は優秀だ。真っ先に復活して峻計を救った。杖も持ち逃げしやがった……
気を保て!
はっ

……ようやく状況を確認

うう……
……。
(ドロシーは気絶したままだ。また血が流れだした傷口を、思玲はサテンで結ぶ)
土壁こそ頑丈だ。走って逃げた。黒羽扇は消滅しただろうが、あのキモい魔道具は復活しそうだな。―輪も白銀弾もリュックに入れたから安心しろ
ウウ~
ウ~
(川田と雅は結界に閉じこめられ、逃げられずに白銀を浴びた。強靭なこいつらでさえ、まだ気絶している)
あわわわ

川田君息しているよね?

松本君は? 思玲は? ドーン君は? ドロシーは?

真っ暗だし、ここどこ?

あの全裸だった女は誰?

……夏奈ちゃんは暗くても見えるの?

(狼達の脇で、夏奈は横根と話している。闇にうごめく思玲を見ている。

 おそらく俺は見えない……)

ドーンが落ちた!ヨロッ

(風軍もだ。助けにいきたいのに足に力が入らない。黒い光も白銀の光も充分に喰らってしまった)

まっさきに助けた。足を上にして箱の横で寝ている。……巣であった箱の脇でな

(思いだすなり悪寒が走る。箱は白銀の輪に裂かれた。

 四玉の玉は卵。箱がなければ、ただの玉。箱が壊れたら、俺達は人に戻れない)

奴らはまだいるからな。まだ気を張っていろ

(思春期のような思玲が言う。

 彼女がおとなになれたのは箱が壊れたからか? だとしたら、とてつもない天祐だ。導きだ。

 彼女が以前より十歳ぐらい若いのは、箱が完全に壊れてないからかも。だとしたら、まだ男子三人が人に戻れる可能性はある)

それとな……。

……。

……。

(思玲が言いよどむ)

玉がひとつ割れた。青龍が右で白虎が左だから、おそらく朱雀だ
マジかよ……

(どこが天祐だ。導きだ。事実だとすると、ドーンは人には戻れない)

(思玲の背後で炎があがる。張麗豪の遺体が燃やされた)
女のガキがでかくなっちまったよ。……お前ともマチで会っているな
……。
野良犬だった俺はテッポーだと思ったが、あれは術の光だったわけだ
ブン!
思玲、避けろ!
 火焔嶽を振りかざす。思玲が向きあう。両手には天宮の護符と七葉扇があった。亮相の構えから交差させる。
 
 
シュタッ
 
ずどん!
すげえ……

(七色の螺旋を浴びて、土壁が毒と炎ごと吹っ飛ぶ。思玲が両手をおろす)

当代屈指の術の味はどうだ?
ひ~
……。
貴様は二度もか弱き私を見逃した。ゆえに一度だけ半死で見逃してやる。満月を何度経ても傷は治らぬだろうがな。

蛇よ。撃たぬから降りてこい。こいつも連れていけ

(違うだろ……。思玲は知らなくても、こいつこそフサフサの仇だ。劉師傅を傷つけた野良犬だ。こいつだけは――)
(視覚が脳に飛びこむ。少女を加減して蹴った土壁。加減して踏んだ土壁。気絶した少女に炎を向けるのを躊躇した土壁……。思玲が救われたのは二度ばかりではなかった)
パチッ
(俺へと懇願を伝えた大蛇が姿を現す。すばやく土壁をくわえ天に戻る)
終わりではないぞ
(あいつのかすれ声が聞こえた。指を鳴らす音ともに、巨大な飛び蛇は結界に消える)






 

 夕焼けの校舎で峻計が言っていた。

玉は琥珀が直せる。

琥珀も天珠を持っているよね。呼び戻そう

……。

……。

……チッ


でない。九郎の脚から海に落ちたか着信拒否のどっちかだろう

着信拒否…

(天珠を子どもじみたポーチにしまう)
破邪の剣にて人に戻す技。藤川がやったらしいな。哲人ならできるのではないか?
……たぶん無理

(喰らった張本人だから分かる。寸止めでなく実際に切られた。荒っぽすぎる技だ。カラスであるドーンなら一刀両断してしまうかも)

 俺は首を横に振る。もっといい方法があるのでは――

 
……。

……。

汝に吾を読む資格はあるか?
(ドロシーのリュックサックの中から俺を呼んでいる。私をめくり、つづられた文字をひも解けと)
呼びつけられてないだろうな? 奴らみたいに無様に終わるぞ
呼ばれるはずないし応えるはずないよ

(思玲が俺をいぶかしげに見て、)

私が護符でやってやる。


まずは川田でテストしてみるか。手負いの獣ならば簡単に死なぬだろう

任せます。

(彼女がみんなのもとへと向かう。

 死者の書。あれに問えば、もっと確実な方法が分かるかもしれない。死人たちの知恵を授かり……)

 
(俺はリュックを一瞥だけして、思玲の後を追う)






 

……。
いつまでも寝ているな
わお!

(横根の結界は消えていた。思玲が狼を足蹴にして起こすのを、夏奈が目を見ひろげる。

 そもそも川田は光を分断して人に戻れるのか? 本物の異形ならば消滅しかねない。でもドーンはあと半日で本当の異形になってしまう。思玲と川田を信じないと)

ママ……パパ……
(俺は横たわるドロシーを抱きあげる。一緒に箱のもとへと向かう)
(ひとつの玉は粉々に砕けたのだろう。風に吹かれたかのように消滅していた。青い玉と白い玉も単なるビー玉だ。箱が割れたからだ)
 
(気絶したドロシーを抱えたまま、壊れた箱を木箱に入れる。箱本来の軽さになっていた。残りの思玲の体は消滅したのだろう。満身創痍だった体が)
そーっと

ごめんね

…パパ?
哲人…
主様…
(ドロシーをドーンの横におろす。川田達のもとへ向かう)
さっき女の人が浮いたのは、松本哲人って人が抱えたからなの?
(夏奈は俺を知らない)
これってやっぱ夢じゃね? ありえねーし、ハハハ
…………。
(横根が夏奈に説明したのだろう。そりゃ信じられるはずないけど、真っ暗なゴルフ場で笑えるとは、さすがは夏奈だ。俺のことを覚えていなくても夏奈だ)
桜井、静かにしろ
わ、喋れたんだ
(思玲が日本語で怒鳴る)
雅、忌むべき姿になって二人を守れ。川田が怒り狂うかもしれぬからな
ぬっ
(青い毛並みの狼がいきなり現れ、さすがの夏奈も悲鳴をあげる)

 川田が思玲に牙を向ける。

俺は人間になりたくない。


それより姉ちゃんはそこそこやるな。ドロシーって娘とどっちが強い?

(こいつの頭は力関係と食うことだけだ)

人になると川田はもっと強くなるかも

(俺は根拠なきことを口にだす)

折坂って野郎ぐらいにか?
(狼の片目が光る)
はやくやれ
 川田が横たわり首を差しだす。そこはダメだ。
異形の光だけをぶった切る
(思玲が扇をくわえて、天宮の護符をかかげる。光るはずもない)
とお!
(それで首を叩く。狼は顔色も変えない)
これでどうだ!
(思玲は七葉扇で再チャレンジする。俺へと振りかえる)
またまた無理っぽいな。哲人、覚悟を決めろ
(そうなると思っていた。俺は独鈷杵を握りしめる)
浮かんでいるのは密教の法具だよ
へえ
注目されてる

(横根が説明を始める)

松本君が、まず川田君を人に戻す。そしてドーン君も戻す。

最後に松本君が帰ってくる。夏奈ちゃんはみんなを思いだせる

だから誰?
(横根だけは、こっちの世界を覚えたままだよな。万事うまく進んだら、記憶消しの妖術をドロシーに頼むべきだ。一月ほど本当の記憶が消えても仕方ない。

 ……夏奈は中学生の横根にも違和を持たずに接している。男どももあっちの世界に帰ったら、昔の横根の姿を忘れるのだろう)

ウウウ
(川田がうなりだした。以前は鷹揚としていたのに、じれていやがる)
いくよ!

(俺は独鈷杵をかかげる)

ぺこ

(狼の背中をぺこっと叩く。なにも起きるはずない。もっと強く叩くには。

 劉師傅も実践したな。川田を子犬に、俺を人間くずれにした。異形の光は消えなかったけど、あの時は緋色のサテン越しに加減した……)

 護布は? 俺はドロシーを見る。
王姐、術が使えるんだ
(彼女は立ちあがっていた)
ならば、あなたを香港に連行しないとならない。

風軍、戦う覚悟を決めて



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