ミツアシたるミカヅキ
文字数 2,277文字
2-tune
太陽が顔だす直前に、ミカヅキはねぐらを飛びたつ。青白いのは東の空だけで、池はまだ黒く染まっている。この季節、ほとんどの仲間はそれぞれの巣で過ごす。郊外の貯水池を囲む林で夏を過ごすのは、去年生まれた若手で奥手の奴らと、ミカヅキみたいなひとり身のカラスぐらいだった。
ミカヅキは風を切りながらつぶやく。長年連れそったつがい相手に先立たれてから独り言が増えた。
朝日が照らしだした頃、縄張りのひとつにたどり着く。若い連中の噂話は本当だった。
ねぐらもなく夜をばらけて過ごした奴らが、ここを集合場所にしたのかな。
ミカヅキは群れのど真ん中に降りたつ。図書館の屋根にいる何十羽ものカラスが注目する。敵意に囲まれる。
もう人生の盛りを過ぎつつあるミカヅキは、無益な争いなど今さらしたくない。
適当なアドバイスに聞こえても、ミカヅキのくちばしからだと有無を言わせぬ説得力が加わる。
一羽が飛びたつ。他のカラスもぱらぱらと続く
ミカヅキはありふれたカラスでもあるから、異形など見たことない。
翼をひろげながら、ミカヅキはおまじないを唱えようかと悩む。こいつらには無駄だなと判断する。導いただけでいいや。
ミカヅキは墓地を見おろす。鐘楼から覗くものにも気づく。惨状の理由を知りたくて、その瓦屋根へと降りる。
毒づきながら旋回して、撞木 に着地する。
ミツアシはカラスの長の尊称だが、フサフサに言われると馬鹿にされたように感じる。
こいつの与太話には耳を傾けるなと思うけど、
誰のことを言っているのか、ミカヅキにも分かる。雨の朝も墓参りをかかさない婆さんが一人いた。フサフサは生け垣にもぐって消える。
ミカヅキも空に戻る。
小学校の上空を旋回する。若い女が行水していた。朝早くからこの行動はおかしい。服を着ていないのもおかしい。つまり、こいつが言葉の通じる人間かな。
人間も気づいたらしく、水からでてくる。体を隠しながら眼鏡をかける。ミカヅキをにらみつつカバンからなにかをだそうとする……。人間がカラスにパン屑をよこすはずない。
目を引く動作ででてしまったので、猛禽賊がやってこないかと空を見わたす。過度の注意を向ける人間はいないかと、下界にも気を配る。
校庭には誰もいない。と思ったら、片隅にぽつりといる。早朝から若い男だ。このガッコーに通うガキみたいに予測不能な行動はしないが、それ以上の警戒に値する年代の人間だ。
カラスもいる。ハシボソの野郎だ……。
人間とカラスが寄り添っている? 人間は宙に浮いている?
ミカヅキは今朝の暇つぶしを見つけて一直線に降りる。
人間が服に手を突っこむのが見えた。
次回「新しい朝が来た。希望の……」