ミツアシたるミカヅキ

文字数 2,277文字

2-tune
……。
 太陽が顔だす直前に、ミカヅキはねぐらを飛びたつ。青白いのは東の空だけで、池はまだ黒く染まっている。この季節、ほとんどの仲間はそれぞれの巣で過ごす。郊外の貯水池を囲む林で夏を過ごすのは、去年生まれた若手で奥手の奴らと、ミカヅキみたいなひとり身のカラスぐらいだった。

気持ちいい朝だな。


今日も暑くなるぞ。午後にはでかい夕立かもな

 ミカヅキは風を切りながらつぶやく。長年連れそったつがい相手に先立たれてから独り言が増えた。



 朝日が照らしだした頃、縄張りのひとつにたどり着く。若い連中の噂話は本当だった。

 ねぐらもなく夜をばらけて過ごした奴らが、ここを集合場所にしたのかな。


 ミカヅキは群れのど真ん中に降りたつ。図書館の屋根にいる何十羽ものカラスが注目する。敵意に囲まれる。

朝からおそろいで羽根を休めているところを悪いけど、ここは俺の縄張りだぜ

一羽で俺らを相手にする気か?


まだカンナイさんがいるしな。お前を朝飯にしてやるぞ

カンナイって奴は、俺に勝てそうな奴なのか?
……。
(俺と比べるくらいなら、カンナイって野郎もそこそこみたいだな。喧嘩はやめておくか)


 もう人生の盛りを過ぎつつあるミカヅキは、無益な争いなど今さらしたくない。

お前らは遠くから来たな。

このでかい町は、もはや俺達カラスの楽園ではないぜ。残念だがはやく帰れ

俺達だって帰りたい。どこにあるのか見当もつかない
そんなに遠くから来たのかよ。

西に向かえば、でかい山がぽこんと見えてくる。まずはそっちを目指せ

 適当なアドバイスに聞こえても、ミカヅキのくちばしからだと有無を言わせぬ説得力が加わる。

流範様を見捨てるしかないか。あとの二羽もやられたらしいし


カッ、そしたら、あいつの配下かよ。俺達なんてごみ扱いだ

 一羽が飛びたつ。他のカラスもぱらぱらと続く
あんたは呼ばれてここに来たわけではないよな。このイエの異形は、俺達から力が抜けたら以後おかまいなしだ
ここのボス猫みたいなことを言うなよ
 ミカヅキはありふれたカラスでもあるから、異形など見たことない。
俺も朝飯を探しにいくからな。達者にしろよ
 翼をひろげながら、ミカヅキはおまじないを唱えようかと悩む。こいつらには無駄だなと判断する。導いただけでいいや。
なんだありゃ
 ミカヅキは墓地を見おろす。鐘楼から覗くものにも気づく。惨状の理由を知りたくて、その瓦屋根へと降りる。
ミカヅキ、じきにお天道さんに照らされるよ。干上がる前にこっちに来な
猫のもとへ行くはずないだろ
 毒づきながら旋回して、撞木(しゅもく)に着地する。
あいかわらずの早起きカラスだ。スズメが朝の挨拶を始めたのは、ついさっきなのにね
縄張り荒らしを追いはらいに来たのさ。みんな逃げていったぜ
へー、さすがはミツアシだ
 ミツアシはカラスの長の尊称だが、フサフサに言われると馬鹿にされたように感じる。
婆さん、ハカバを見たか?
あんたにまで年寄り扱いされたくないね。あれは化けカラスの仕業だよ
お化けカラス? 俺よりでかいのか?

フッ

どうだったかね。さらには化け猫と妖怪変化までやらかした。私まで巻きこまれたよ
カカッ

フサフサに化け猫呼ばわりされるなら、よほどにおっかない猫だろな

笑いごとじゃないよ。あれはいずれ化け物だ。


それでいてきれいな娘だった。……人間かもしれない

その手の話は、俺らにはついていけない。……そろそろ朝飯を探すか

そいつらはガッコーにいるよ。


妖怪変化と化け猫と人間。それにカラスとでかい犬。あいつらも異形だね。もっとすごいのも群れに加わった

 こいつの与太話には耳を傾けるなと思うけど、
カラスってのは、さっきの連中か?
知るはずないだろ
ならば、その犬はツチカベよりヤバそうか?
あいつよりでかくて強そうだったよ。でも、もさい動きだったね。飼い犬よりひどい
妖怪は俺にも見えそうか?

分かるはずないだろ。

気になるなら見にいけばいい。……あの人間はお前さんとも話せるかもしれないし

……面白そうだな
フワアアア…

私は寝るよ。散々な一日だったのに、朝を迎えてカラスの相手をする筋合いはないね

勝手にしな。……ちょっとだけ覗いてみるか
じゃあね


……あの人間は今朝もハカバに来るかね。

あれがいつも行くところも壊れちまったよ。どうでもいい話だけどね

……。
 誰のことを言っているのか、ミカヅキにも分かる。雨の朝も墓参りをかかさない婆さんが一人いた。フサフサは生け垣にもぐって消える。

 ミカヅキも空に戻る。

……。
 小学校の上空を旋回する。若い女が行水していた。朝早くからこの行動はおかしい。服を着ていないのもおかしい。つまり、こいつが言葉の通じる人間かな。


!!!

 人間も気づいたらしく、水からでてくる。体を隠しながら眼鏡をかける。ミカヅキをにらみつつカバンからなにかをだそうとする……。人間がカラスにパン屑をよこすはずない。
フサフサの法螺にまたひっかかった。ニゲロ

 目を引く動作ででてしまったので、猛禽賊がやってこないかと空を見わたす。過度の注意を向ける人間はいないかと、下界にも気を配る。

 校庭には誰もいない。と思ったら、片隅にぽつりといる。早朝から若い男だ。このガッコーに通うガキみたいに予測不能な行動はしないが、それ以上の警戒に値する年代の人間だ。

 カラスもいる。ハシボソの野郎だ……。

……。
……。
 人間とカラスが寄り添っている? 人間は宙に浮いている?
面白いじゃねえか。俺も加えろ!
 ミカヅキは今朝の暇つぶしを見つけて一直線に降りる。
……!!

 人間が服に手を突っこむのが見えた。





次回「新しい朝が来た。希望の……」

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