四十五 三十七時間後

文字数 1,950文字

起きたほうがいいよ
!
 呼びかけられて、俺ははっと目を覚ます。
(……ここはどこだ? 屋上か?

 やけに荒れているけど、俺はここでなにをしていた?)


君は忘れて、僕は思いだす

(俺を起こした人間がぽつりと言う。同年代みたいだけど知らない奴だ。朝日を背にしているから、まぶしくてよく見えない)

夏奈からの連絡なんて何年ぶりだったかな。

いまどきメールなんて。電話だったら、すぐに来てやったのに

(独り言を言っている……。
 コンクリートの上で大の字になっていた俺は起きあがる。服はほとんど汚れていない。

……きっと、ドーンと飲んで、下戸のドーンのぶんまで酔っぱらって、こんなところに入りこんだのか。きっとそうだ。情けない)

君の犬だろ。連れていきな
スースー
 こいつは黒色の子犬を抱えていた。近くで見ても知らない顔だ。俺より背が低くて長髪で、アイドル系の顔立ちだ。
(俺の犬と言うのならばそうなのだろう。ぼうっとしたままで眠る子犬を受けとる)
…クンクン

♡♡♡

スヤスヤ…

 その片側の目は潰れていた。
他の怪我は治してあげた。目だけは受けいれているから無理だった
(淡々と言われる)
こいつらがそいつの大事な友達をもらったから、せめてものお詫びだよ
はあ……

(どう受け答えしていいか窮してしまう。これは演劇部の朝練かな? そういえば俺は演劇部だっけ? いや、違う。4‐tuneっていうテニスサークルのメンバーだ。

 俺はなんだか疲れているな。疲れすぎて頭がはっきりしない)

同時に騒ぐな。この箱は災厄だろ。人が封印されている
(寝起きの俺に背を向けて、こいつは一人で喋る)
僕はまだ異界へと言葉を発せられない。なのに人へと関われない。

……救うことから始めてみるか

ウウ…
よしよし

(こいつはなにかを見おろしている。俺はぼうっと見るだけだ

ロタマモ、小言を言うな
(独り言を続けながらなにかを拾う)
サキトガ、昔の名前で呼ぶな
(こいつは大きな刀を片手で持ちあげる……。つまり模造刀だな。朝日を受けたのか、刀がやけに輝く)
剣はもらっていくよ。代わりにこれをあげる
 
(俺はロッカーの鍵を手渡される)
スマホは僕が預かる。衣服は彼女に残しておく。

玉は……、欲しいけど彼女の魂と同一だから

なんですか、これは?
 俺はようやく声を発する(敬語だけど)。こいつはさわやかに笑いかえす。
はやく帰りな。すべて忘れてね。……黒猫なんて不吉だろ
(俺の質問に答えずに、また背を向ける)
あと50秒ぐらいで目を覚ますってさ。


女の子は自業自得だ。あとは自分でなんとかするだろ

 見知らぬ男は剣を肩に乗せて階段から消える……。
(彼女とか女の子って誰だ? 俺はあらためて屋上を見わたす)
わお

(入り口のドアは内側へと折れ曲がっていた。囲むネットもあちらこちら……。たしかに逃げたほうがよさそうだ。廃ビルだろうが、俺のせいにされたくない)

ゴメンネ

(それより何時だ。子犬をおろしスマホを取りだす。……なぜだかふたつもある)

ぽいっ
 ポケットにまぎれこんだ焦げた木の端くれを捨てながら、まず一台をだしてみる。
 
(見なれない機種だ。溶けたようなデザインのカバーが格好いいが、いくらなんでも酔っぱらいすぎだ。警察に届けないと)


ポチッ

(念のため電源ボタンを押すと、画面に俺が映った。顔か虹彩の認証かな――。ドライヤーみたいな熱を感じる)
うわっ
 冷気や衝撃も感じて、おもわず放り投げる。

 は、発動


給受・九天応元雷声普化天尊……

(なのに熱くも冷たくもない。地面に落ちたスマホからは、異国の呪文めいた声が流れている)

大峠の――すがれ
 
 その脇で捨てた木っ端が粉々になる。風に吹かれたように消えていく。
(ぼろぼろの炭だったのだな。ポケットを裏がえして洗濯しないと。
 いまだお経みたいなのを唱えるスマホを拾いなおす。電源を消してポケットにしまう。自分のスマホを取りだす)
て、哲人だよな
わあ
 人の声がしてびっくりする。散乱した瓦礫の中で、ドーンが赤い布をかけて座りこんでいた。
哲人の目、もう青くないじゃん。だ、だから人間だよな。


俺達、戻れたんだな

ズル

……み、みんなは? 川田は? 桜井は? 瑞希ちゃんは?

(そいつらは誰だよ? まだ酔っぱらっていやがるな)
 なぜだか首が重くなる。あらためて時間を確認すると、日曜(?)の朝五時だった。どれだけ発散したのか知らないけど、疲労の限界だ。
スヤスヤ
よいしょ
 俺は呑気に眠る子犬を抱きあげる。夏休みだろうがバイトと勉強が生活の主軸だ。それと女の子。

 さっきの奴が言うように、みんな忘れよう。幸運にも今日のシフトは遅番だ。

とりあえず帰ろうか。て言うか、逃げよう
 俺は友人の口ぐせを真似て、笑いながら手を差しだす。
…………。
(朝から太陽がでかいな。今日も暑くなるな)



次回……

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